疑似科学批判者のための歴史修正主義研究入門(Q&A)
〜社会学の成果による日本ウソ物語の問題点〜捏造歴史識別法で偽史認定レポート具体例〜

暁 美焔(Xiao Meiyan) 社会学研究家, 2018.9.5 祝2.0版完成!


 「疑似科学批判者は歴史修正主義を批判しないネトウヨだ」とよく非難されます。 その批評が正しいかどうかは別にして、そういう評価がある以上「歴史修正主義とは何か」について考察しておく必要があるでしょう。 「歴史修正主義」とは頻繁に使われる用語ですが、実際にその意味を理解している者は多くありません。 そこで疑似科学批判者のために「歴史修正主義」とは一体どのような概念なのか、 歴史改竄とはどのような手口で実現されるのかについて簡単に解説します。 また偽歴史を判断するために不可欠な「歴史学の手法」とはどのような方法なのか、 歴史修正主義者と「言論の自由」とはどのように関連するのか等についても簡単に説明します。 そしてこれまで誰も明示する事の無かった「歴史修正主義を判定する事」を目的とする具体的なチェック項目をまとめた偽史識別法「トンデモ歴史検出キット」のたたき台を提示します。 最後にその検出キットを応用して認定される「歴史修正主義の具体例」を示し、 その歴史仮説が歴史修正主義である事を「科学的に考証」します。 歴史修正主義の具体的な「実例の報告書」となっておりますので、 疑似科学批判者の方々だけでなく、 一般の方々が歴史修正主義を評定する際にもきっとメリットが有るはずです。 「歴史の捏造を審査するために必要な調査項目とは何か」について、 解明する第一歩にしていただけると幸いです。

歴史問題は科学ではないと考えますが、疑似科学批判と歴史修正主義は何か関係がありますか?

 ドイツの歴史学者ランケは法則性の論証を優先して史実を乱雑に扱う進歩史観に反発し、その反動として徹底した実証主義的証明に基づく近代的な研究方法を確立し、歴史学を科学に高めました(実証史学)。 「ただ事実を記すのみ」としたランケの実証史学は欧州史学界に衝撃を与え、今日の歴史学の基礎とされています。 このように歴史学会が究明すべき「真理」とは政治的真理、道徳的真理、実用的真理などではなく、自然科学と同じ「客観的真理」です。 確かに歴史学は実験で再現ができませんが、だからと言って検証方法が無いわけではありません。 歴史史料史料批判、 歴史記述の実現可能性、即ち英語で言う「Potentiality」と「Actuality」の分析、 他の事件との整合性の検査、 仮説が予言する現象が起きたかどうかの点検など、 資料や証言に客観的な裏付けが有るかを立証するための様々な科学的な検証方法が存在します。 実際に地理学者・生物学者であるジャレド・ダイアモンドは『銃、病原菌、鉄』で地理的・生物学的要因が歴史を決定付けると主張して、史学界に論争を起こしています。

歴史問題は文化系の学問であり、疑似科学批判者には相応しくないのではありませんか?

 確かに歴史問題は文化系の学問ですが、 歴史仮説の検証には科学的な知識が必要です。 特に「実現可能性(PotentialityとActuality)」の検証には自然科学の知識が要求されますし、 「他の事実との整合性」の検証にも論理的思考が要求されます。 歴史問題とはこのように、科学的思考が不可欠な問題です。

 歴史認識問題はむしろ以下のような「理想の歴史」から導かれる思い込みにより、 裏付けの無い仮説が真実であると誤認しやすい傾向が有ります。 また以下のように都合の悪い歴史仮説を「先入観」として除外するため、「客観的な事実」が追求できない特色があります。 また以下のような現象によって妥当性を欠く歴史仮説が「固定観念」と化して疑問を持たれないのが実態です。 また以下のような方法で都合の良い歴史を捏造する風潮もあります。 また以下のような現象によって思考停止に陥ってしまい、決着しないのが実状です。  このように歴史問題とは自己陶酔した扇動家が跋扈する魑魅魍魎の世界であり、 虚言や罵倒で充満しがちです。 合理的な思考を妨げる認知バイアス誤謬詭弁の種類は、自然科学の場合よりもはるかに多く、 しかも強力で不条理な世界です。 何故ならば「客観的な真実」を追求するよりも、 「希望する歴史仮説」を各種誤謬を意図的に駆使して「歴史の真実」にしてしまう事を画策する厄介な勢力があまりにも強いからです。 そのため有意義な論考が封印され、無意味な人格攻撃で炎上する狂気の事態に陥りやすいのが現状です。 不毛論争と決別して歴史の真実に到達するためには、 錯綜した情報の中から真実を見抜き、 様々な種類の偏見を克服し、 社会的な禁忌に躊躇する事なく、 タブーとされている欺瞞をあぶり出す必要があります。 そのような極限状態の中で真相に辿り着くためには、 歴史仮説に対する実証的、 客観的、 論理的、 及び科学的な観点からの検証が必然となります。

 幾多の困難な課題を抱える歴史問題の解決には、 自然科学よりもはるかに強固な論理的思考が必要です。 即ち、歴史学とは間違いなく「人文科学」という「科学」の一種なのです。 科学的な思考能力を持つ疑似科学批判者達にとって、正に相応しい問題です。 実際に欧米ではスケプティックソサエティ等が擬似史学を絶えず批判しており、 日本の疑似科学批判者も見習うべきです。 日本の疑似科学批判者達が「歴史修正主義の批判に熱心でない」と批判されるのも仕方のない事です。

疑似科学批判者が歴史修正主義を批判する正当性の根拠は何ですか?

 疑似科学批判者が歴史修正主義批判をする正当性の根拠は、「知的な責任(intellectual responsibility)」という概念にあります。 ノーム・チョムスキーの言葉を借りれば「知識人は真実を究明し、虚構を暴露する責任があります(intellectuals should make themselves responsible for searching for the truth and the exposing of lies)」。 知識人は皆、「知的なノブレス・オブリージュ」を果たすべきです。 即ち我々は客観的事実を直視する史実派であるべきであり、偽歴史を放置すべきではないという知的な責任があるのです。 疑似科学批判者達は偽史を判別して「正しい歴史認識」に辿り着く素質を多分に持ち合わせています。 「歴史修正主義」である事を知りながら傍観者として看過するのは「知的な不正行為」となる可能性が有ります。 過去の悲劇を教訓として失敗を清算するためには、 我々には偽歴史を拒絶する義務があると言えるでしょう。 これは国民一人一人が真剣に向き合うべき課題であり、 「非専門家は干渉すべきでない」というような口実を免罪符にして逃避すべきではありません。

疑似科学批判者が歴史修正主義を批判したとしても、何か役に立つ事があるのですか?

 疑似科学批判者達は以下のような論理的思考によって袋小路を突破する潜在能力を秘めています。 また疑似科学批判者は、以下のように真相に近づく論議の方式を取る傾向もあります。 このように疑似科学批判者達は、歴史問題という魔物が徘徊する混乱した暗黒の世界において、 秩序を構築する武器を持っています。 永遠に続く歴史修正主義論争という難題を終結させるための役割が、 期待されていると言っても過言ではありません。 日本社会が迷い込んだ袋小路からの脱出には、その活躍が期待されているのです。 むしろ、「疑似科学批判者達が議論に参加しないからこそ歴史問題は解決しないのだ」という自信を持って参入すべきです。 疑似科学批判者達が歴史問題の議論に参加する事により、 教科書教育では許容されないような画期的なアイデアを出す可能性が有り、 日本社会に「科学的思考」という潮流を生み出す絶好の啓蒙の機会となるかもしれません。

社会学的視点から歴史修正主義を判定する歴史学との統合理論

 上記のページにおいては、 疑似科学批判者達が歴史修正主義を批判するための方法をさらに詳しく説明します。

歴史学研究法をテーマとした社会学入門レポート具体例


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