疑似科学批判者のための歴史修正主義研究入門(Q&A)
〜偽歴史判定方法「トンデモ歴史検出キット」と日本ウソ物語の問題点〜

暁 美焔(Xiao Meiyan) 社会学研究家, 2017.3.27


 「ニセ科学批判者は歴史修正主義を批判しないネトウヨだ」とよく非難されます。 その批評が正しいかどうかは別にして、そういう評価がある以上「歴史修正主義とは何か」について考察しておく必要があるでしょう。 「歴史修正主義」とは頻繁に使われる用語ですが、実際にその意味を理解している者は多くありません。 そこで疑似科学批判者のために「歴史修正主義」とは一体どのような概念なのか、 歴史改竄とはどのような手口で実現されるのかについて簡単に解説します。 またニセ歴史を判断するために不可欠な「歴史学の手法」とはどのような方法なのか、 歴史修正主義者と「言論の自由」とはどのように関連するのか等についても簡単に説明します。 そしてこれまで誰も明示する事の無かった「歴史修正主義を判定する事」を目的とする具体的なチェック項目をまとめた偽史識別法「トンデモ歴史検出キット」のたたき台を提示します。 最後にその検出キットを応用して認定される「歴史修正主義の具体例」を示し、 その歴史仮説が歴史修正主義である事を「科学的に考証」します。 歴史修正主義の具体的な「実例の報告書」となっておりますので、 ニセ科学批判者の方々だけでなく、 一般の方々が歴史修正主義を評定する際にもきっとメリットが有るはずです。 「歴史の捏造を審査するために必要な調査項目とは何か」について、 解明する第一歩にしていただけると幸いです。

歴史問題は科学ではないと考えますが、疑似科学批判と歴史修正主義は何か関係がありますか?

 ドイツの歴史学者ランケは法則性の論証を優先して史実を乱雑に扱う進歩史観に反発し、その反動として徹底した実証主義的証明に基づく近代的な研究方法を確立し、歴史学を科学に高めました(実証史学)。 「ただ事実を記すのみ」としたランケの実証史学は欧州史学界に衝撃を与え、今日の歴史学の基礎とされています。 このように歴史学会が究明すべき「真理」とは政治的真理、道徳的真理、実用的真理などではなく、自然科学と同じ「客観的真理」です。 確かに歴史学は実験で再現ができませんが、だからと言って検証方法が無いわけではありません。 歴史史料史料批判、 歴史記述の実現可能性、即ち英語で言う「Potentiality」と「Actuality」の分析、 他の事件との整合性の検査、 仮説が予言する現象が起きたかどうかの点検など、 資料や証言に客観的な裏付けが有るかを立証するための様々な科学的な検証方法が存在します。 実際に地理学者・生物学者であるジャレド・ダイアモンドは『銃、病原菌、鉄』で地理的・生物学的要因が歴史を決定付けると主張して、史学界に論争を起こしています。

歴史問題は文化系の学問であり、疑似科学批判者には相応しくないのではありませんか?

 確かに歴史問題は文化系の学問ですが、 歴史仮説の検証には科学的な知識が必要です。 特に「実現可能性(PotentialityとActuality)」の検証には自然科学の知識が要求されますし、 「他の事実との整合性」の検証にも論理的思考が要求されます。 歴史問題とはこのように、科学的思考が不可欠な問題です。

 歴史認識問題はむしろ以下のような「理想の歴史」から導かれる思い込みにより、 裏付けの無い仮説が真実であると誤認しやすい傾向が有ります。 また以下のように都合の悪い歴史仮説を「先入観」として除外するため、「客観的な事実」が追求できない特色があります。 また以下のような現象によって妥当性を欠く歴史仮説が「固定観念」と化して疑問を持たれないのが実態です。 また以下のような方法で都合の良い歴史を捏造する風潮もあります。 また以下のような現象によって思考停止に陥ってしまい、決着しないのが実状です。  このように歴史問題とは自己陶酔した扇動家が跋扈する魑魅魍魎の世界であり、 虚言や罵倒で充満しがちです。 合理的な思考を妨げる認知バイアス誤謬詭弁の種類は、自然科学の場合よりもはるかに多く、 しかも強力で不条理な世界です。 何故ならば「客観的な真実」を追求するよりも、 「希望する歴史仮説」を各種誤謬を意図的に駆使して「歴史の真実」にしてしまう事を画策する厄介な勢力があまりにも強いからです。 そのため有意義な論考が封印され、無意味な人格攻撃で炎上する狂気の事態に陥りやすいのが現状です。 不毛論争と決別して歴史の真実に到達するためには、 錯綜した情報の中から真実を見抜き、 様々な種類の偏見を克服し、 社会的な禁忌に躊躇する事なく、 タブーとされている欺瞞をあぶり出す必要があります。 そのような極限状態の中で真相に辿り着くためには、 歴史仮説に対する実証的、 客観的、 論理的、 及び科学的な観点からの検証が必然となります。

 幾多の困難な課題を抱える歴史問題の解決には、 自然科学よりもはるかに強固な論理的思考が必要です。 即ち、歴史学とは間違いなく「人文科学」という「科学」の一種なのです。 科学的な思考能力を持つ疑似科学批判者達にとって、正に相応しい問題です。

疑似科学批判者が歴史修正主義を批判する正当性の根拠は何ですか?

 疑似科学批判者が歴史修正主義批判をする正当性の根拠は、「知的な責任(intellectual responsibility)」という概念にあります。 ノーム・チョムスキーの言葉を借りれば「知識人は真実を究明し、虚構を暴露する責任があります(intellectuals should make themselves responsible for searching for the truth and the exposing of lies)」。 知識人は皆、「知的なノブレス・オブリージュ」を果たすべきです。 即ち我々は客観的事実を直視する史実派であるべきであり、ニセ歴史を放置すべきではないという知的な責任があるのです。 ニセ科学批判者達は偽史を判別して「正しい歴史認識」に辿り着く素質を多分に持ち合わせています。 「歴史修正主義」である事を知りながら傍観者として看過するのは「知的な不正行為」となる可能性が有ります。 過去の悲劇を教訓として失敗を清算するためには、 我々には偽歴史を拒絶する義務があると言えるでしょう。 これは国民一人一人が真剣に向き合うべき課題であり、 「非専門家は干渉すべきでない」というような口実を免罪符にして逃避すべきではありません。

疑似科学批判者が歴史修正主義を批判したとしても、何か役に立つ事があるのですか?

 疑似科学批判者達は以下のような論理的思考によって袋小路を突破する潜在能力を秘めています。 また疑似科学批判者は、以下のように真相に近づく論議の方式を取る傾向もあります。 このように疑似科学批判者達は、歴史問題という魔物が徘徊する混乱した暗黒の世界において、 秩序を構築する武器を持っています。 永遠に続く歴史修正主義論争という難題を終結させるための役割が、 期待されていると言っても過言ではありません。 日本社会が迷い込んだ袋小路からの脱出には、その活躍が期待されているのです。 むしろ、「疑似科学批判者達が議論に参加しないからこそ歴史問題は解決しないのだ」という自信を持って参入すべきです。 疑似科学批判者達が歴史問題の議論に参加する事により、 教科書教育では許容されないような画期的なアイデアを出す可能性が有り、 日本社会に「科学的思考」という潮流を生み出す絶好の啓蒙の機会となるかもしれません。

歴史修正主義を批判したいのですが、「歴史修正主義」とはそもそもどういう意味ですか?

 歴史学における用法では、「新しく発見された史料や、既存情報の再解釈により、歴史を叙述し直すことを主眼とした試みのこと」です。 しかし「歴史修正主義」という言葉の通俗的な用法では南京大虐殺論争従軍慰安婦問題植民地政策安倍晋三首相批判などで使われているように、 「自らに都合の良い過去は誇張や創造したり、都合の悪い過去は過小評価や抹消したりして、自らのイデオロギーに従うように過去に関する記述を改変する試みのこと」です。 この言葉は背景の異なる歴史観に対し否定的なイメージを広く一般に植え付けるため、 「反知性主義」などの言葉と同様にレッテル貼りとして使われています。 その場合の「歴史修正主義」とは、 「都合の悪い歴史事実の否認主義」とほぼ同じ意味で、 「過去の犯罪行為という史実を疑問視する、独善的で不誠実な態度」という軽蔑的な意味で使用されています。 ここでは「歴史修正主義」を通俗的な用法で考える事にします。 世間一般で使われている「通俗的な用法での歴史修正主義」とは、

世間一般で認識されている歴史事件を、自身に都合良く改竄しようとする思想

のような「集団的記憶喪失」という意味で使われています。 しかし、これでは「世間一般で認識されている歴史記述が真実である」という前提を、 理由を納得しないまま真理であると信じる事を強要される事になります。 疑似科学批判者達は「センメルヴェイス反射」に陥る事なく「ウーズル狩り」をすべきであり、 一般認識を無条件で信用すべきではありません。 従ってここでは学問的研究における「通俗的な用法での歴史修正主義」の定義とされている以下のような概念として考える事にします。 客観的真理を科学的に究明すべき疑似科学者にとって、これこそが納得できる定義であるはずです。

実証的、客観的(意識から独立した存在)、論理的科学的学問的に構築された歴史学のモデルから逸脱し、特定のイデオロギーに沿って独自の修正を加えている思想・歴史観

「歴史修正主義」は何が悪いのですか?

 学問としての歴史は常に見直しの可能性が開かれています。 何故ならば、通説として絶対化された歴史はイデオロギーとして神聖化された物語であるからです。 いわゆる確定した「定説」と言われる通説であっても、新資料が発見されれば再検討される事になるのは当然です。 通説が二度と訂正不能であれば、歴史学者達はそもそも研究論文を書く事ができません。 歴史学における用法での「歴史修正主義」とは、自然科学における「パラダイムシフト」に相当する概念であり、学問の発展に寄与するもので倫理的にも問題はありません。 実際に科学的な観点から歴史を記述し直して歴史学に旋風を引き起こしたアメリカのジャレド・ダイアモンド氏は『銃、病原菌、鉄』でピューリッツァー賞を受賞し、世界から高く評価されています。 彼は「日本人とは何者だろう」において特別に科学的、人類学的な角度から日本の歴史も記述しています。 疑似科学批判者が科学的思考を活用して歴史修正主義を論評する際にはそのスタイルを参考にできるでしょう。

 このように、歴史学における用法での「歴史修正主義」とはピューリッツァー賞を受賞できる程、 高く評価されている活動です。 それに対して通俗的な用法での「歴史修正主義」とは、 不都合な事実の矮小化、消去等の自己中心派が行う常套手段です。 歴史修正主義がダメな理由とはそれが歴史の捏造、ウソ物語であるからです。

「歴史の捏造」とはどのように行われますか?

 歴史学の手法に基づいた検証を実施せず、多数派を構成して社会的影響により「真実」としてしまいます。 具体的には、「可能性がある」程度の信頼性の無い根拠を、あたかも「絶対的な明証性を持つ」根拠であるかのように装って断定します。 そして反論を社会的影響によって封じ込めます

「歴史学の手法」とはどのような方法ですか?

 客観的な根拠を示し、論理的な考察を遂行し、他者を納得させられる学問的方法です。 特定の立場に都合良く適用する思想を排し、実証主義に基づいて科学的、客観的に歴史を把握します。 これにより歴史のねつ造を防止することができます。

 歴史学の手法とは何かについて「Historical Method」において簡単に説明されていますので、紹介します。

Historical method comprises the techniques and guidelines by which historians use primary sources and other evidence, including the evidence of archaeology, to research and then to write histories in the form of accounts of the past.
歴史学の手法は、テクニックやガイドラインから構成され、 歴史家が史料や考古史料等のその他の証拠を採用して研究し歴史を書くための手法である。

The question of the nature, and even the possibility, of a sound historical method is raised in the philosophy of history as a question of epistemology.
「理にかなった歴史学の手法」の特性、可能性などについての疑問は、 歴史哲学から出され、 それは「認識論の疑問」として出される。

「認識論」とは、一体全体どのような学問ですか?

 認識論とは、 簡単に言えば「真理を信じ、独断主義に陥らない」ための適当な方法論についての学問です。 「独断主義」とは正に「疑似科学」であり、歴史学における「歴史修正主義」ですので、 認識論こそがニセ科学批判者が学ぶべき科学哲学の核心でしょう。 認識論の起原はプラトンによって示された、
  「知識(Knowledge)とは、正当化(Justify)された真(Truth)なる信念(Belief)である
というJTB定式で、「正当化」と言われる検証作業に関する理論が認識論の核心です。 認識論(英語版)においてどのような学問かが簡単に説明されていますので、翻訳します。

Epistemology studies the nature of knowledge, the rationality of belief, and justification.
認識論は知識の性質や、信念及び正当化の合理性についての学問である。

Much of the debate in epistemology centers on four areas:
認識論におけるディベートのほとんどは、以下の4つの分野についてなされる。

(1) the philosophical analysis of the nature of knowledge and how it relates to such concepts as truth, belief, and justification,
(1) 知識の性質に関する哲学的解析と、知識が真理、信念、そして正当化とどう関係するか。

(2) various problems of skepticism, (3) the sources and scope of knowledge and justified belief, and (4) the criteria for knowledge and justification.
(2) 懐疑主義の様々な問題, (3) 知識と正当化された信念の起源と範囲, そして(4) 知識と正当化の基準

「歴史学の手法」への疑問が「認識論の疑問」として出されるとはどのような意味ですか?

 「認識論の疑問」とは簡単に説明すれば、 実証的、 客観的(意識から独立した存在)、 論理的科学的な疑問です。 従ってその「歴史学の手法」によって実証的、客観的、論理的、科学的な観点から「歴史記述の正当化」ができるかどうかという疑問です。 「正当化」とは簡単に言えば「真であると主張する理由」であり、 歴史問題の場合には「歴史記述が現実世界と対応している事を確信するための論証」です。 簡単に説明すれば、「歴史学の手法」とは実証的、客観的、論理的、科学的な観点から「歴史記述が現実世界と対応している事」を確信できる方法でなければならない、という意味です。 また、「歴史修正主義」を別の言葉で表現すれば、次のように再定義できます。

認識論の疑問に答える事のできる歴史学のモデルから逸脱し、特定のイデオロギーに沿って独自の修正を加えている思想・歴史観

歴史学の手法に基づかない仮説を「社会的影響で真実にする」とは、どのように行われますか?

 社会的影響力の強い集団、例えば学校の歴史教育やマスメディアなどを通じて情報操作プロパガンダを実践し、情報を受け取った者が受ける印象や判断結果に影響を与えます。 また、歴史教科書やマスコミ報道などを通じて、真実としたい主張を繰り返し断言します。 明言が繰り返される事により、「可用性カスケード」や「真理の錯誤効果」などの効果が現れます。 人々は非現実的な妄想やデマであっても何度も耳にしている内に次第に疑問を持たなくなり、 真実であると思うようになります(洗脳)。 この現象は古くから「三人成虎」とも言われましたが、 現在では「組織的強化」による「ファクトイド」の形成と説明されています。 ナチス・ドイツアドルフ・ヒトラーも「我が闘争」において、 「充分大きなウソを、充分な回数主張し続ければ、それは信じられる」と述べています。

歴史学の手法に基づかない仮説への反論を「社会的影響で封じ込める」とは、どのように行われますか?

 反対論証をする者を政治的に抹殺したり、社会的に抹殺します。 日本のような民主主義社会では「表現の自由」が存在するため、 異端者を拘束したり政治的に言説を封殺したりする事はできません。 従って社会的に反論を抹殺します

歴史学の手法に基づかない仮説への反論を「社会的に抹殺する」とは、どのように行われますか?

 反論する者に対してスピンドクターなどを動員して人身攻撃を集団で挙行し、吊し上げます。 また、井戸に毒を入れる方法を利用してネガティブ・キャンペーンを実行し、反論者の存在自体を悪であるとの印象を作り出します。 このような同調圧力の技法が成功すると、反論しようとする者達は「沈黙の螺旋」に落ちていきます。 それでも反論を止めない者は「バカ」な逸脱者であり、 「民衆の悪魔」として孤立化され、 その見解は社会から無視されます。

歴史修正主義はどのように達成されますか?

 上記のような社会的なテクニックを駆使する事によって特定の「歴史学の手法に基づかない歴史仮説」が「イデオロギー」として真実となり、 反論が封じられる事によってその仮説は「神聖化」されます。 社会的に「言論の自由」が制限され、その社会は「歴史修正主義」に支配されます。

歴史修正主義は放置しておいても良いのでしょうか?

 通俗的な意味における歴史修正主義者とは、単に間違った歴史認識を持つ者達ではありません。 特定のイデオロギーに沿ったニセ歴史を選択した者達です。 歴史の捏造は人間の知的活動への背信であり、歴史学への冒涜です。 教育政策によって偽歴史を子供に教え込む行為は、子供達の未来にとって極めて有害です。 学術的に問題があるだけでなく、倫理的にも許されません。 歴史の歪曲は単なる「無知による妄言」として片付ける事ができない問題で、 大義名分も無ければ国際社会の理解も得られません。 強硬に敵対する中国や韓国などとの外交問題や、果ては戦争さえも誘因する危険性があるニセ歴史学です。 近隣諸国との誤解を解いて和解するためには、歴史の創作、粉飾、隠蔽などを排斥し、 公正で的確な歴史記述を行う決意が必要です。 歴史修正主義者を放置しておく事は、将来に禍根を残す事になりますので、即刻対処を決断すべきです。 歴史修正主義に寛容な者達も重罪行為に加担しており、厳しい対処が必要です。 また、歴史修正主義を見て見ぬ振りをする傍観者達に対しても、厳しい態度を取る必要があります。 絶対に「歴史修正主義を許さない」という強い決意が必要であり、必ず打倒すべきです。 歴史修正主義者達には一発退場、レッドカードを宣告すべきです。

疑似科学批判者が歴史修正主義を批判するためにはどうすれば良いですか?

 歴史学とは自然科学と同様に客観的事実を探索する学問ですので、歴史学の研究手法は自然科学の方法と本質的に同じと考えて良いでしょう。 即ち仮説を提案し、以下のような争点をディスカッションすれば良いのです。
  1. 仮説が正しいと主張する根拠に誤りがないかどうか
  2. 両立しない他の仮説よりも、歴史学の基準において良い仮説かどうか
これらを認識論の観点から、即ち実証的、客観的、論理的、科学的な観点からチェックします。 わかり易いチェック項目としては、以下のような項目をチェックすれば良いです。
  1. 確証(証拠や証言)の説明に認知バイアスの影響がないか
  2. 論証の過程に誤謬が使用されていないか
  3. 仮説に実現可能性(PotentialityとActuality)が有るか
  4. 仮説が他の事実と整合するか
  5. 仮説から演繹される結果(仮説が予言する結果)が正しいか
自然科学ではこのチェックには実験が重要となりますが、歴史問題の検証は宇宙科学や恐竜研究のように「事実の観察」だけでも可能です。 歴史学における研究とは、 自然科学と同様に歴史記述の仮説を発案し、 その仮説を主張する根拠に疑わしい点が無いかを皆で精査し、 その仮説が最良の論説であるとする論拠を皆で討論する事により達成します。 このように歴史学では、自由に論戦をする仕組みが存在する事により特定の歴史仮説がイデオロギーとして神聖化される事を阻止しています。

「歴史学の基準において最も良い仮説」とはどのような仮説ですか?

 「Historical method」というウィキペディアのページの「Argument to the best explanation」に明記されていますので試訳します。

C. Behan McCullagh lays down seven conditions for a successful argument to the best explanation:(Justifying Historical Descriptions)
C. Behan McCullaghはその著書「歴史記述の正当化」において、最良の説明に至る議論の7つの条件を示している。
  1. The statement, together with other statements already held to be true, must imply yet other statements describing present, observable data. (We will henceforth call the first statement 'the hypothesis', and the statements describing observable data, 'observation statements'.)
    その意見は、既に事実とされている意見と共に、現存する観察可能な情報を説明するものでなければならない。(以後、その意見を「仮説」と呼び、観察可能な情報を記述する意見を、「観察の記述」と呼ぶ。)
  2. The hypothesis must be of greater explanatory scope than any other incompatible hypothesis about the same subject; that is, it must imply a greater variety of observation statements.
    仮説は同じテーマに関して、他の両立しない仮説よりも説明できる範囲が広く、より幅広い観察の記述を含んでいる。
  3. The hypothesis must be of greater explanatory power than any other incompatible hypothesis about the same subject; that is, it must make the observation statements it implies more probable than any other.
    仮説は同じテーマに関して、他の両立しない仮説よりも説明能力が高く、観察の記述はより可能性が高い。
  4. The hypothesis must be more plausible than any other incompatible hypothesis about the same subject; that is, it must be implied to some degree by a greater variety of accepted truths than any other, and be implied more strongly than any other; and its probable negation must be implied by fewer beliefs, and implied less strongly than any other.
    仮説は同じテーマに関して、他の両立しない仮説よりももっともらしい。 受け入れられているより多くの真実をより強く含み、これを否定する意見はより少なく、より弱い。
  5. The hypothesis must be less ad hoc than any other incompatible hypothesis about the same subject; that is, it must include fewer new suppositions about the past which are not already implied to some extent by existing beliefs.
    仮説は同じテーマに関して、他の両立しない仮説よりも、よりアドホックでない。 現存する意見には存在しないような、新たな仮定をする事はより少ない。
  6. It must be disconfirmed by fewer accepted beliefs than any other incompatible hypothesis about the same subject; that is, when conjoined with accepted truths it must imply fewer observation statements and other statements which are believed to be false.
    仮説は同じテーマに関して、他の両立しない仮説よりも少ない意見によって不当とされる。 受け入れられている真実と照合した場合、真実とされていない観察の記述をより含まない。
  7. It must exceed other incompatible hypotheses about the same subject by so much, in characteristics 2 to 6, that there is little chance of an incompatible hypothesis, after further investigation, soon exceeding it in these respects.
    仮説は同じテーマのさらなる調査結果に関して、他の両立しない仮説よりも 2-6 の特徴に関して優位である可能性がより高い。
McCullagh sums up, "if the scope and strength of an explanation are very great, so that it explains a large number and variety of facts, many more than any competing explanation, then it is likely to be true."
McCullagh が言うには、「説明の範囲が広く強力であり、他の仮説よりも多くの事実を説明できる場合、それは事実である可能性が高い。」

歴史学と自然科学の検証方法に違いはありますか?

 最良の歴史記述の説明に至る議論の7つの条件を示したC. Behan McCullagh氏はその著書「歴史記述の正当化」において、 「歴史記述を最終的に証明する方法は存在しない。できるのは正当化する事だけである。」と述べています。 自然科学と異なる点は、歴史学にはこのように完全に証明する方法が存在しないところです。 自然科学と違うのは、最終的に証明できない以上、異論が存在するのが当然だという点です。 自然科学において異論が出されない場合、それは誰にも怪しむべき箇所が見つけられない仮説です。 しかし歴史学において異論が出されないような現象が発生した場合、 なぜ怪しむべき箇所が見つからないのか、その原因を検証する事が必須です。 そしてその原因が特定の歴史仮説がイデオロギーとして神聖化される事によって同調圧力が存在し、 議論できない状態に陥っているからではないかを疑う必要があります。

歴史仮説に対する同調圧力の存在は、どのようにチェックすれば良いですか?

 それは以下のような現象が発生しているかをチェックする事で容易に判断できます。
  1. 歴史仮説を信じない者に対して物理的に危害を加える旨を通告する
  2. 社会の多数意見に逆らうことに恥の意識を持たせる
  3. ネガティブ・キャンペーンを行って歴史仮説を信じない者が一部の変わり者であるとの印象操作をする
  4. 「一部の歴史仮説を信じない者が全体に迷惑をかける」と主張する
  5. 歴史仮説を信じない事のデメリットを必要以上に誇張する
  6. 歴史仮説を信じない者に対して社会的排除を行う
このような手口によってある歴史仮説が議論できない状態に陥っていないかをチェックすれば良いです。 同調圧力によって仮説を信じる事自体が社会規範として内面化された場合、 仮説を否定する意見に対しては感情バイアスが現れ、拒否反応を示すようになります。 同調圧力が成功して集団思考に陥ると、反対意見を述べる者は逸脱者として迫害されるようになります。 異説を主張する者に暴力的な方法で不快感を与える事により、 社会的に「言論統制された状態」が生成されます。 このような状態にある場合には何らかの歴史仮説がイデオロギーとして神聖化され、 歴史修正主義に陥っている可能性を疑ってみると良いでしょう。

同調圧力が存在する場合、歴史修正主義をどのように判断すれば良いですか?

 「議論できない歴史仮説」と「神聖化されている歴史仮説」の二つの仮説を前述のチェック項目で比べてみましょう。 もし「議論できない歴史仮説」の方が「神聖化されている歴史仮説」よりも歴史学の基準において良い仮説であった場合、 歴史修正主義に陥っている可能性が高いと判断できます。 その場合更に「議論できない歴史仮説」と「神聖化されている歴史仮説」について、
  1. その歴史仮説の確証の説明に認知バイアスの影響がないか
  2. その歴史仮説の主張の根拠に誤謬が使用されていないか
  3. その歴史仮説が認識論の疑問に答えて正当化できるか
などを調査します。 まず、「議論できない歴史仮説」の確証の説明に認知バイアスが存在しないか、 主張の根拠に誤謬が使用されていないか、 認識論の疑問に答えて正当化できるかどうかを確認します。 もし「議論できない歴史仮説」に認知バイアスや誤謬が見つからず認識論の疑問に答えて正当化できる場合、 更に「神聖化された歴史仮説」について調査します。 その確証の説明に認知バイアスが存在し、主張の根拠に誤謬が使用され、 しかも「認識論の疑問に答えられない」、即ち「現実世界との対応が確信できない」場合には、 歴史修正主義に陥っていると結論して良いでしょう。 何故ならばその歴史仮説が神聖化されている社会は「認識論の疑問に答える事のできる歴史学のモデルから逸脱し、特定のイデオロギーに沿って独自の修正を加えている思想・歴史観」に支配されていると判断して良いからです。

歴史修正主義を批判する際に注目すべき「認知バイアス」、「誤謬」そして「認識論の疑問」にはどんなものがありますか?

 歴史問題における仮説を批判する際に注目すべき認知バイアスや誤謬の種類は膨大であり、自然科学よりも更に科学的思考が必要とされます。 また、「認識論の疑問」の説明は簡単にはできませんので、説明は少し長くなります。 以下において「認知バイアス」及び「誤謬」一覧、そして「認識論の疑問」について説明します。 そして歴史修正主義を査定するための具体的な偽史識別法「トンデモ歴史検出キット」を提示すると共に、 その検出キットが審判を下す「歴史修正主義の具体的事例」を示します。 最後に、その歴史仮説が歴史修正主義である事を科学的に証明します。

認知バイアス一覧、誤謬一覧、認識論の疑問による社会心理学入門〜レポートテーマ具体例〜


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