認識論の疑問による疑似科学の評定方法
〜知の蓄積を活用した歴史修正主義判定の方法論の研究〜
暁 美焔(Xiao Meiyan) 社会学研究家, 2021.2.6 祝3.5版完成!
ニュース事例による疑似科学入門〜ニセ科学批判を通した社会科学入門〜(前ページへ戻る)
前ページで記した疑似科学の特徴や手法の具体例として、ここでは歴史問題を取り上げる。
歴史問題は科学とは何の関係も無いと思われるかもしれない。
しかし科学的思考とはそもそも自然科学だけを念頭において編み出された思考方法ではない。
「社会科学」とは、科学的思考に由来する客観的視点によって社会の真実を探求する学問であり、それ故に「科学」と呼ばれているのだ。
社会科学では客観的真理よりも政治的真理や道徳的真理を追求する事もある。
しかし「歴史学」とは道徳的真理や政治的真理を追求する学問ではなく、
自然科学と同様に客観的真理を追求する学問であり、それ故に歴史学には自然科学と同様に科学的思考が必要である。
それに加えて歴史問題は政治的立場を理由とする「内集団バイアス」、
「正常性バイアス」、
「感情バイアス」、
「センメルヴェイス反射」、
並びにメディアの影響による「メディア・バイアス」といった各種認知バイアスに左右され易い。
歴史問題こそが認知バイアスや誤謬を排除して「認識論の疑問」に答える必要があり、
むしろ科学的思考が不可欠である。
歴史記述の擬似科学批判について考える場合に必要となる、
「歴史修正主義」とは何か、
「歴史学の手法」とは何か、
「認識論の疑問」とは何か、
「最適の仮説」とは何か等の概念を簡単に説明しますので、
興味のある方は「社会学的視点から歴史修正主義を検証する歴史学との統合理論」を参照して下さい。
疑似科学の評定は疑似科学の世界標準であるウィキペディア英語版に基づいて以下の項目をチェックして行う。
- 仮説が正当化できない(論証が不十分)ではないか(rigorous attempts at refutation)。
「正当化」とは「知識」とは何かを探求し続けた人類が古代ギリシアの時代から行ってきた検証作業で、
仮説が現実世界と対応している事を確信するために他の事実との関連をチェックする。
これは疑似科学かどうか以前の学問として常識的な認識論の調査項目で、
主張がドクサ(独断)ではない事を保証するための検証がされているかどうかを評定するものである。
正当化されない仮説を確証のみを根拠として主張する者は「知的責任」を果たしていない。
正当化論証によって果たすべき「知的責任」の概念とは、簡単に言えば「真理を信じるべきであり、間違いは信じるべきでない」という考えであり、
「知的な公正さ(intellectual honesty)」を追求する事によって
「知的なノブレス・オブリージュ」を果たそうとするものである。
正当化される仮説は、そもそも疑似科学として疑われる事はない。
それに最良の歴史記述の説明に至る議論の7つの条件を示したC. Behan McCullagh氏はその著書「歴史記述の正当化」において、次のように結論している。
The author concludes that no historical description can be finally proved, and that we are only ever justified in believing them for certain practical purposes.
歴史記述を完全に証明する事はできない。実用的な目的のために信じる事をただ正当化するのみである。
(正当化されねばならない、というのは常識なので言及はしていない)
正当化できるかどうかは、本来は仮説を主張する側が責任を持って立証すべき項目であるが、主張側に変わって論証が不十分である(正当化されない)事を調査する。
正当化基準は認識論の成果としていろいろ考え出されているが、ここでは分かり易く一般的に使用されてきた以下の基準を一つでも満たすかどうかで判定する。
- 実証可能な証拠があるか。
これは自然科学において一般的に使用される正当化基準である。
- 実現可能性が有るか。
これはアリストテレスに由来する古典的な正当化基準である。
- 演繹される結果が正しいか。
これもアリストテレスに由来する古典的な正当化基準である。
- 経験的な基礎付けが有るか。
これは経験主義に由来する伝統的な正当化基準である。
- 理性的な基礎付けが有るか。
これは合理主義に由来する伝統的な正当化基準である。
- 真理が整合するか。
これは基礎付けがそもそも存在しない場合などに使用される比較的新しい正当化基準である。
- 当時の記憶に命題の正当性が内在するか。
これは新しい正当化基準で、現在でも議論が続いている方法である。
自然科学と違ってそれぞれの正当化基準には異論が有り、どれか一つが成立する事で「正当化された」と判断するのは性急である。
しかし、これらの全てによっても正当化できない仮説は「正当化されない」、と判断して良いだろう。
また、正当化できない事を再確認するために、認識論において提示されている以下の調査も行う。
- 確証以外の正当化の根拠は何か有るか。確証自体に正当化できる程の信頼性があるか。
- 全ての矛盾を説明する最小の仮説は何か。
これはスコラ哲学に由来する古典的な発想である。
反証可能性(Falsifiability)があるか
カール・ポパーによって提唱された、科学の必要条件である。
論証よりも確証を追求していないか(Over-reliance on confirmation rather than refutation)
「検証への消極的態度」とも言う。
確証に極端に依存する事により、真理ではないドクサ(独断)に基づいた独断主義に陥っていないか。
立証責任を回避していないか(Reversed burden of proof)
正当化による立証責任は説を主張する側にあるが、その責任を果たしているか(When two parties are in a discussion and one affirms a claim that the other disputes, the one who affirms has a burden of proof to justify or substantiate that claim)。
「立証責任を果たさない議論」が使用されてないか。
進捗が欠如していないか(Absence of progress)
科学的思考の下では進捗が無い場合には何か間違っているのではないかと問題視されるが、問題視されていないのではないか。
真実の究明には興味が無く、主張の目的は別の所にあるのではないか。
問題点を認識させているか(Refusal to acknowledge problems)
問題点の公開こそが科学の発展に必要だが、問題点を隠してはいないか。
検証不能の説に基づいてないか(Use of vague, exaggerated or untestable claims)
人為的に反証不能としていないか。
専門用語を乱用してないか(Use of misleading language)
部外者が参入しないように「冗舌による証明」を行っていないか。
他の分野の専門家に検証させているか(Lack of openness to testing by other experts)
閉鎖的な社会の内輪の論理だけで主張していないか。
閉鎖的な社会の外部から提案された仮説を無視していないか。
批判者を個人攻撃していないか(Personalization of issues)
否定論者を悪魔化していないか。
論争相手を沈黙の螺旋に落として斉一性の原理を確立するための人身攻撃に陥っていないか。
以上に適合する項目が多ければ多い程、疑似科学である疑いが強い。
中でも「反証可能性の欠如」、「立証責任の回避」、「検証への消極的態度」、「進捗の欠如」の4つが揃えばテレンス・ハインズの提唱した判断基準によれば、既に疑似科学である。
そして各種の疑似科学の手法によって疑問生成、仮説提案、検証のサイクルが停止していれば、それは正真正銘の疑似科学と判断して良い。
科学的思考の原点は疑問を持つ事である。
疑似科学である事を再確認するために、ポール・サガードが提唱した疑似科学の判定基準である「疑問を持つ事」が奨励されているか、それとも「疑問を持たない事」が奨励されているか、どちらであるかについても検討する。
また、議論には何らかのプロパガンダの技術が使用されていないかについても検討する。
科学的思考が停止した時に使用される思考方法には、
権威主義、
集団思考、
タブロイド思考、
呪術的思考、
精神論、
感情論などがある。
疑似科学である事をもう一度再確認するために、この中で疑似科学と親和性の高い「集団思考」に陥っているかどうかについて、
アーヴィング・ジャニスによる以下の集団思考の兆候が起きていないかも調査する。
- 失敗しても集団は不死身という幻影
- 強い「われわれ感情」(部外者ないし反対側を敵とみなす)
- 合理化(責任を他の人に転嫁しようとする)
- モラルの幻影(集団で意図しているモラル上の意味を,当然のことであるとして,それを注意深く検討する気を起こさせないようにする)
- 個々のメンバーが自己検閲をするようになる傾向(波風を立てないようにとの願望から生じる)
- 不一致の兆候を示す人たちへの直接的圧力の適用(集団のリーダーが集団の統一を維持しようとして干渉するときに行われる)
- 心の警備(異議が入ってくるのを防いで集団を保護する)。
- 満場一致の幻影(集団メンバーの沈黙を同意と解する)
また、集団メンバーの沈黙によって「コンセンサスによる真実」を成立させるため、
逸脱者に対して以下のような「同調圧力」をかけ、社会的に言論の自由が無い状態に陥っていないかも調査する。
- 少数意見を有する者に対して物理的に危害を加える旨を通告する
- 多数意見に逆らうことに恥の意識を持たせる
- ネガティブ・キャンペーンを行って少数意見者が一部の変わり者であるとの印象操作をする
- 「一部の足並みの乱れが全体に迷惑をかける」と主張する
- 少数意見のデメリットを必要以上に誇張する
- 同調圧力をかけた集団から社会的排除を行う
さらに集団思考に関連する誤謬である、
チェリー・ピッキング、
希望的観測、
道徳主義の誤謬、
怠惰な帰納、
年代に訴える論証、
伝統に訴える論証、
特例嘆願、
前提のごまかし、
無敵の無知論証、
モラルに訴える論証、
井戸に毒を入れる誤謬、
偏見に訴える論証、
悪意に訴える論証、
決め付け言葉、
罵倒の誤謬、
威力に訴える論証、
吐き気を催す論証、
プープーの誤謬、
衆人に訴える論証、
等が使用されていないかも調査する。
都合の悪い仮説の存在を人々に知らせないようにする「ミリュー制御」が行われていないかについても調査する。
また、「未来への逃避(Escape to the future)」で記述されているように、疑似科学では「新たな証拠が発見されて仮説が証明される日は近い」と主張される事が多い。
その「未来への逃避」の兆候が出ていないかも検討する。
疑似科学である事をもう一度再再確認するために、C.ベーハン・マッキュラーが「歴史記述の正当化(Justifying Historical Descriptions)」という著書で示した「歴史学の研究方法」の最良と判断される7つの条件を満たしているかどうかも検討する。
歴史研究者がどのような推論をしているかという問題は哲学者も歴史家も見逃してきた問題なのだ(出典:「歴史学における状況証拠による推論はいかなる時に信頼できるのか」)。
-
The statement, together with other statements already held to be true, must imply yet other statements describing present, observable data. (We will henceforth call the first statement 'the hypothesis', and the statements describing observable data, 'observation statements'.)
その意見は、既に事実とされている意見と共に、現存する観察可能な情報を説明するものでなければならない。(以後、その意見を「仮説」と呼び、観察可能な情報を記述する意見を、「観察の記述」と呼ぶ。)
-
The hypothesis must be of greater explanatory scope than any other incompatible hypothesis about the same subject; that is, it must imply a greater variety of observation statements.
仮説は同じテーマに関して、他の両立しない仮説よりも説明できる範囲が広く、より幅広い観察の記述を含んでいる。
即ち、「説明範囲が広い」。
-
The hypothesis must be of greater explanatory power than any other incompatible hypothesis about the same subject; that is, it must make the observation statements it implies more probable than any other.
仮説は同じテーマに関して、他の両立しない仮説よりも説明能力が高く、観察の記述はより可能性が高い。
即ち、「説明力が高い」。
-
The hypothesis must be more plausible than any other incompatible hypothesis about the same subject; that is, it must be implied to some degree by a greater variety of accepted truths than any other, and be implied more strongly than any other; and its probable negation must be implied by fewer beliefs, and implied less strongly than any other.
仮説は同じテーマに関して、他の両立しない仮説よりももっともらしい。
受け入れられているより多くの真実をより強く含み、これを否定する意見はより少なく、より弱い。
即ち、「もっともらしい」。
-
The hypothesis must be less ad hoc than any other incompatible hypothesis about the same subject; that is, it must include fewer new suppositions about the past which are not already implied to some extent by existing beliefs.
仮説は同じテーマに関して、他の両立しない仮説よりも、よりアドホックでない。
現存する意見には存在しないような、新たな仮定をする事はより少ない。
即ち、「アドホックでない」。
-
It must be disconfirmed by fewer accepted beliefs than any other incompatible hypothesis about the same subject; that is, when conjoined with accepted truths it must imply fewer observation statements and other statements which are believed to be false.
仮説は同じテーマに関して、他の両立しない仮説よりも少ない意見によって不当とされる。
受け入れられている真実と照合した場合、真実とされていない観察の記述をより含まない。
即ち、「不当でない」。
-
It must exceed other incompatible hypotheses about the same subject by so much, in characteristics 2 to 6, that there is little chance of an incompatible hypothesis, after further investigation, soon exceeding it in these respects.
仮説は同じテーマのさらなる調査結果に関して、他の両立しない仮説よりも 2-6 の特徴に関して優位である可能性がより高い。
即ち、「他の仮説より良い」。
McCullagh sums up, "if the scope and strength of an explanation are very great, so that it explains a large number and variety of facts, many more than any competing explanation, then it is likely to be true."
マッキュラー が言うには、「説明の範囲が広く強力であり、他の仮説よりも多くの事実を説明できる場合、それは事実である可能性が高い。」
評定を行う際には、疑似科学の手法に屈する事なく最後まで信念を貫いた中世の宗教家ヤン・フスの残した名言に従うと良いでしょう。
「真実を探求せよ、真実を聞け、真実を学べ、真実を愛せ、真実を語れ、真実を抱け、真実を守れ、死ぬときまで」
ここで示した「トンデモ話検出キット歴史版」によって評定される「歴史修正主義の具体例」はこちらへ。
人間が陥りやすい以下のような認知バイアスを紹介します。
-
可用性ヒューリスティック: 認識、理解、決定の際に、思い出しやすい情報だけに基づいて判断する傾向。
-
バックファイア効果: 他者が不当性を証明しようとすると、逆にますます信念を深める傾向。
-
真理の錯誤効果: 間違った情報や大げさな情報でも、何度も報道されているうちに本当だと考える効果。
人間が陥りやすい以下のような誤謬を紹介します。
-
嘲笑に訴える論証: そのような主張は馬鹿馬鹿しいので間違いである
-
存在の誤謬: 存在を前提としない主張から、存在を導く
-
プープーの誤謬: 主張自体が議論するべき価値の無い物として、議論しない
歴史認識問題難問解決のための具体策の提言
ニセ科学批判批判具体例による疑似科学Q&A〜論理的思考入門〜
本ウェブページ内容の複製、引用、リンク、再配布は全て自由です。
共に社会の闇を暴き出し、健全な社会を実現しましょう。
今のうちに保存を。
アーカイブはこちらからダウンロードできます。