疑似科学評定用の誤謬一覧で科学哲学入門
〜詭弁のプロパガンダ技術一覧〜レポートテーマ具体例〜

暁 美焔(Xiao Meiyan) 社会学研究家, 2021.2.6 祝3.5版完成!
「認知バイアス一覧で社会心理学入門」はこちら

 疑似科学を生み出すのは人間の思考が本来持っている誤りやすい傾向である。 それ故に科学と疑似科学の「線引き問題」を判断するためには、哲学や心理学の知識は避けて通れない。 ここでは人間の誤りやすい傾向について、英語版の誤謬一覧に基づいて、人類の英知である「科学哲学」の偉大なる成果を紹介する。 ここに紹介する知識は知っておくだけで人生に役立つ知識である事に間違いない。 これらの概念を紹介する日本語のウェブサイトを探すのが難しい事自体が、日本人が「ロジカル・シンキング」をしていない事の証明であろう。 これまで科学哲学とは縁の無かった科学技術系の人達が、少しでも科学哲学に興味を持っていただく事を祈る。

 誤謬に関する研究は古く、古代ギリシアまで遡る。 詭弁家煽動的民衆指導者が跋扈していた古代ギリシア。 何が「知識」であり、何が「ドクサ(独断)」であるかの判断する事の重要性を認識したのがソクラテスである。 彼は「哲学の前提であり理性的会話の基盤でもある」とされる「無矛盾律」を提唱したとされる。 そしてそのソクラテスの英知を受け継いだプラトン等の数々のギリシアの哲学者達によって、詭弁術に関する研究がされた。 哲学者達の知見はアリストテレスによって集大成され、「論理学」という学問が生み出された。 そして彼はこの論理学をすべての学問を探求するための道具とし、物理学、天文学、政治学、倫理学など多岐に渡る学問を体系化した。 これがアリストテレスが「学問の父」と呼ばれる理由である。

 以下の誤謬の日本語訳は、できるだけ既に翻訳されている用語を用いている。 しかし、翻訳が見つからなかった場合には勝手に日本語を造語している。

1. 形式的誤謬(Formal fallacies)

 「形式的誤謬」 (formal fallacy) とは、前提から結論を導く論証の構造そのものに瑕疵があるために、推論パターンが常にまたはほとんどの場合に間違っているものをいう。

1.1 論法以外の形式的誤謬

  1. 可能性に訴える論証 (Appeal to probability)
    ユニコーンがいた可能性は否定できない。だからユニコーンは存在した」とする論証。 「不可能性の証明」(Proof of impossibility, Negative proof)が極めて困難である事を利用する誤謬。
  2. 誤謬家の誤謬 (Argument from fallacy)
    仮定が誤謬なので結論を偽とする。 しかし、仮定が偽でも結論が偽とは限らない。
  3. 基準率の誤りベースレートの誤謬 (Base rate fallacy)
    ある事象の基本率を軽視又は無視して推論を行い、誤った結論を導く。
  4. 合接の誤謬 (Conjunction fallacy)
    合接とは論理積である。 それぞれの仮定の可能性よりも、その合接の可能性の方が高いとする誤謬。
  5. 仮面の男の誤謬 (Masked man fallacy)
    「仮面の男」とはエウブリデスのパラドックスの一つである。 同一物の不正な代用によって「真」が「偽」に変わる。

1.2 論法の形式的誤謬

 三段論法は、アリストテレスによって集大成された論理学における推論形式である。
  1. 存在の誤謬 (Existential fallacy)
    A:「全てのユニコーンには、額に一本の角がある」
    B:「ユニコーンにされた者たちは皆、額にイッカクの角を埋め込まれた」
    C:「従って額に角がある者の中には、角を埋め込まれた者もいた」

    Aは「ユニコーンが存在したとすれば、額に一本の角がある」という主張であり、ユニコーンの存在に関らず真である。 Bは「ユニコーンにされた者が存在したとすれば、その者達は皆、額にイッカクの角を埋め込まれた」という主張であり、 ユニコーンにされた者の存在に関わらず、真である。 しかし、Cはユニコーンやユニコーンにされた者の存在を仮定しており、A,BからCを導く推論は誤りである。 存在を仮定していない主張と、存在を仮定している主張を組み合わせて推論し、誤りを導く誤謬である。
  2. 選言肯定 (Affirming a disjunct)
    「A または B である。A である、従って B ではない」という形式の推論。
  3. 後件肯定 (Affirming the consequent)
    「もし P ならば Q である。Q である、従って P である」という形式の推論。 この誤謬の一種として、ゴッホが生前誰からも評価されず貧乏であった事から、たとえ今は貧乏でも自分はいつかは評価されるのだと信じ続ける「ゴッホの誤謬」(Van Gogh fallacy)もまた、人気のある誤謬の一つである。
  4. 前件否定 (Denying the antecedent)
    「もし P ならば Q である。P でない、従って Q でない」という形式の推論。
  5. 否定的前提から肯定結論 (Affirmative conclusion from a negative premise)
    「魚は犬でない。犬は飛べない。従って魚は飛べる」という論証。
  6. 排他的前提の誤謬 (Fallacy of exclusive premises)
    「猫は犬でない。ペットでない犬もいる。従ってペットでない猫がいる」という論証。
  7. 4個概念の誤謬 (Fallacy of four terms)
    三段論法には通常3つの(論理形式に関わらない)語句が出現するが、4つめの語句を導入することで誤謬となる。
  8. 大概念不当周延 (Illicit major)
    「全ての犬は哺乳類だ。全ての猫は犬でない。故に全ての猫は哺乳類でない」という論証。
  9. 小概念不当周延 (Illicit minor)
    「全ての猫は猫科である。全ての猫は哺乳類である。故に全ての哺乳類は猫科である」という論証。
  10. 肯定的前提から否定結論 (Negative conclusion from affirmative premises)
    「首相は政治家である。政治家は人間である。よって首相は人間でない」という論証。
  11. 媒概念不周延の誤謬 (Fallacy of the undistributed middle)
    「頭の良い人間は皆、読書家だ。そして私もまた、よく本を読む。だから私は頭が良いんだよ」という論証。

2. 非形式的誤謬

  1. 石に訴える論証 (Appeal to the stone)
    理由は一切示さず、とにかく真であると主張する。
  2. 無知に訴える論証 (Argument from ignorance) 前提がこれまで偽と証明されていないことを根拠に真であることを主張する。 この誤謬は「立証責任の転嫁」との相乗効果によって擬似科学を生み出す原因となる。 この誤謬の一種として、選択肢を並べあげ、他の選択肢が成立しない事を理由に残された選択肢が正しいと主張する「シャーロック・ホームズの誤謬」(Holmesian fallacy)もまた、人気のある誤謬の一つである。 しかし、実際にはそれ以外の選択肢の存在の「無知に訴える論証」である可能性がある。 さらにこの誤謬の一種として、現時点では説明できない事を理由に神の仕業であるとする「隙間の神」(God of the gaps)もまた、 人気のある誤謬の一つである。
  3. 個人的懐疑に基づいた論証 (Argument from personal incredulity)
    ある前提を「個人的に」疑問に感じたことを理由としてその前提が偽であると主張する。 「想像力の欠如による論証」(argument by lack of imagination)とも呼ばれている。
  4. 吐き気を催す論証 (Ad nauseam) (繰り返し論証)
    大勢で断言し続ける事により、もう誰も議論したくなるような状況を作り出し、真であると主張する。 「繰り返し論証」(Argument from repetition)とも呼ばれる。 「集団思考」に陥った場合、 不一致の兆候を示す者たちに「直接圧力」がかけられる現象が現れ、 異論を述べる者が吊し上げられる傾向がある。
  5. 中庸の論証 (Argument to moderation)
    A説とB説の両者を妥協させるために、A説とB説を両方とも満たすような(A+B)/2説を真とする論証。 九州説と畿内説を妥協させるために、「九州から畿内に移動した」説や「九州も畿内も支配する巨大国家だった」説、「九州にも畿内にも存在した」説を真とするなど。 社会的要請を考慮してこのような選択をせざるを得ない状況は頻繁にあり、二つの案の折衷案を採用して失敗する歴史を繰り返す。
  6. 論点先取 (Begging the question)
    「証明すべき命題」を暗黙または明示的に前提の1つとして使う論証。 「ユニコーンが絶滅したのは、万能薬を求めた人類による乱獲が原因だ。」という主張は「ユニコーンが存在していた」という主張を前提としている。 「私にとっての"真実"とは、あなたにとっての"真実"とは異なる」と主張する者は、「"客観的真実"という概念は存在しない」、即ち「無矛盾律は成立しない」という主張を暗黙の前提としている。
  7. 立証責任の転嫁 (Shifting the burden of proof) (逃げ口)
    仮説の主張側が確証に安住して論証を行わず、立証責任を果たさない。 この誤謬の一種として、主張側が立証責任を果たす必要が無い理由を、適当にごまかす「逃げ口」(Escape hatch)という誤謬もまた、人気がある誤謬の一つである。 逃げ口には数多くの種類があるが、後ほど詳しく述べる事とする。
  8. 循環論法 (Circular reasoning) (反対意見の誤謬) (意図的な無視) (無敵の無知論証)
    ある命題の証明において、その命題を仮定した議論を用いること。 この誤謬の一種として、「論敵が間違っているのは自説が正しいからである」とする「反対意見の誤謬」(Fallacy of opposition)や、同じ理由で反論を単に無視する「意図的な無視」(Willful ignorance)もまた、人気のある誤謬である。 これらの誤謬に陥った場合、新しい意見を受け入れる「オープンマインド」を失い、「認知的不協和」に対する耐性が失われる。 こうなると水平思考ができなくなり「問題解決」への道が閉ざされる。 「反対意見の誤謬」や「意図的な無視」の究極形態の誤謬として、反対意見を述べる者のあらゆる証拠や論証を排斥する「無敵の無知論証」(Invincible ignorance fallacy)もまた、人気のある誤謬の一つである。 このレベルに到達すると自説を否定する事による「認知的不協和」のマグニチュードは巨大であり、不協和を低減して自我を「防衛」するために「独断主義」へと陥る危険性がある。 特に「集団思考」に陥った場合、 「不死身の幻影」という現象が現れ、 自分の所属している集団が間違える事がないと考える傾向があり、「独断主義」に陥っている事に気づかない。
  9. 原因と結果の循環 (Circular cause and consequence)
    現象の結果をその現象の原因と主張する。
  10. 連続性の虚偽 (Continuum fallacy)
    術語の曖昧性により常識的な認識とのズレが生じる誤謬。 砂山のパラドックス
  11. 前後即因果の誤謬 (Correlation proves causation) (第三原因の誤謬)
    ある事象が別の事象の後に起きたことを捉えて、前の事象が原因となって後の事象が起きたと判断する誤謬。 この誤謬の一種として、XがYの原因だと判断するが、実際にはXもYも同じ原因Zによる結果である「第三原因の誤謬」(Third-cause fallacy)もまた、人気のある誤謬の一つである。
  12. 相関の抑圧 (Suppressed correlative)
    排他的であった選択肢の排他性をなくしてしまう論法。
  13. 曖昧さによる誤謬 (Fallacy of ambiguity)
    曖昧な主張から結論を導く誤謬。 「塩は水に溶ける。 あなた方は地の塩である。 ゆえにあなた方は水に溶ける」というような「媒概念曖昧の虚偽」、 複数の意味をもつ語を使って三段論法を組み立てる「多義語の誤謬」、 逆に同じ意味を持つ二つの別の言葉を、別の概念としてしまう「ジングル・ジャングルの誤謬」、 「相関接続詞の誤謬」などの「曖昧な文法による誤謬」、 アクセントの位置によって意味が異なる「アクセントによる誤謬」、 現在の意味でなく語源の意味を用いる「語源の誤謬」などがある。 中でも言葉の定義自体に矛盾があったり、不明瞭であったり、循環した定義となっていたりする事によって発生する「定義の誤謬」(Fallacies of definition)は、 よくわからない用語を用いて煙に巻く方法としてよく使われる。
    (注:誤謬リストページには「媒概念曖昧の虚偽」、「相関接続詞の誤謬」、「多義語の誤謬」、「アクセントの誤謬」、「語源の誤謬」等が記述されているが、その他の誤謬とされている論法も合わせて「曖昧さによる誤謬」としてまとめてここに記した)
  14. 生態学的誤謬 (Ecological fallacy)
    シンプソンのパラドックスのような、 統計データの取扱いに関する誤謬。
  15. 合成の誤謬 (Fallacy of composition)
    ミクロの視点では正しいことでも、それが合成されたマクロの世界では、必ずしも意図しない結果が生じること。
  16. 分割の誤謬 (Fallacy of division)
    「全体がXだから、ある部分もX」という議論。
  17. 虚偽資料 (False attribution) (虚構に訴える論証) (伝聞証拠に訴える論証) (自作自演)
    根拠のはっきりしない証拠や、間違った資料に基づいて主張する。 「1999年7月に空から恐怖の大王が降ってくる。」 この誤謬の一種として、「シオン賢者の議定書」のような虚構に基づいて主張する「虚構に訴える論証」(Appeal to fiction)もまた、残念ながらよく使われる誤謬である。 さらにこの誤謬の一種として「XXさんがこう話していた」のを理由に真であると主張する「伝聞証拠に訴える論証」(Hearsay evidence)もまた、人気がある誤謬の一種である。 更に匿名ソースを伝聞証拠にして「父がネトウヨになってしまい、とても迷惑です」などと印象操作する、 「自作自演」(Sockpuppet)もまた、人気がある誤謬の一種である。
  18. 文脈無視 (Fallacy of quoting out of context)
    主張の文脈を無視して一部分だけを取り出し、攻撃する。
  19. 権威の虚偽 (False authority)
    疑わしい権威や、一方だけの権威に基づいて主張する。
  20. 誤った二分法 (False dilemma) (抱き合わせの誤謬)
    実際には他にも選択肢があるのに、二つの選択肢だけしか考慮しない状況を指す。 三つの選択肢だけしか考慮しない状況の事を「誤った三分法」(False trilemma)と言う。 この誤謬は「OR」の誤用による誤謬である。 これに対して「AND」の誤用による誤謬として、「ニセ科学を批判する人間だから、原子力発電には賛成だろう」というような、 関係のない議題の「抱き合わせの誤謬」(Package-deal fallacy)もまた、人気のある誤謬の一つである。
  21. 誤った等価関係 (False equivalence)
    全く異なる二つの共通項を指摘し、両者が同じであるとする。
  22. 多重質問の誤謬 (Fallacy of many questions)
    質問の前提に証明されていない事柄が含まれており、「はい」と答えても「いいえ」と答えてもその前提を認めたことになるという質問形式。
  23. 単一原因の誤謬 (Fallacy of the single cause)
    物事は複雑に絡み合って、原因を単純に一つに絞り込む事ができない事が多い。 しかし人間は分かりやすい簡単な説明を好むので、単一の原因にしてしまう。
  24. 陰謀の誤謬 (Furtive fallacy)
    「その結果は悪意のある者達によって仕組まれたものだ」と根拠無しに陰謀論を主張する。
  25. ギャンブラーの誤謬 (Gambler's fallacy)
    自分の主観や経験などを信じ、確率論に基づいた予測を行わない。
  26. 歴史家の誤謬 (Historian's fallacy) (歴史的誤謬)
    過去の人物の行動を評価する際、過去の人物は当時の情報も知らなければ、その後何が起きるかもわからない。 それにも関わらず、現在の人間が持っている情報を過去の人物が持っていると仮定して過去を評価する誤謬。 この誤謬とまぎらわしい誤謬として、結果が起きたプロセスを読み誤る「歴史的誤謬」(Historical fallcy)という誤謬もある。
  27. ホムンクルスの誤謬 (Homunculus fallacy)
    現象を説明するために架空の代理人(ホムンクルス)の存在を仮定する。 しかし、本質的な説明にはなっていない。
  28. 論争のインフレ (Inflation of conflict)
    「専門家達はこの点について、まだ論争を続けている。 答えが出ないのは彼らが何もわかっておらず、無能だからだ」という論証。
  29. ウィスキー・スピーチ (If-by-whiskey)
    聞き手の意見によって話者の立場が変わってしまう相対主義の誤謬として知られる。
  30. 不完全な比較 (Incomplete comparison)
    全体的な比較をせず、一部分のみを比較する。 広告でよく使われる。
  31. 一貫性の無い比較 (Inconsistent comparison)
    「製品Xは製品Aより安く、製品Bより品質がよく、製品Cより多機能である」 という広告があったしよう。製品Xが最高の製品のように聞こえるかもしれないが、その実態は単に 「製品XはABCXの中で最も高いわけでなく、最も品質が悪いわけではなく、最も機能が少ないわけではない」 だけである。
  32. 意図の誤謬 (Intentionality fallacy)
    作者の意図に関する誤謬で、芸術関連の批評に使われる事がある。
  33. 論点のすり替え (Irrelevant conclusion) (論調に訴える論証) (自信に訴える論証)
    それ自体は妥当な論証だが、本来の問題への答えにはなっていない論証を指す。 この誤謬の一種として、主張の内容には反論せず、主張のし方を批判する「論調に訴える論証」(Tone arugument)もまた、人気のある誤謬の一つである。 更にこの「論調に訴える論証」の一種として、主張者が自信を持って主張しているかどうかで真偽を判定したり、自信があるから正しいのだとする「自信に訴える論証」(Appeal to confidence)もまた、人気のある誤謬の一つである。
  34. 結論への飛躍(JTC, Jumping to conclusions)
    いわゆる「論理の飛躍」で、推測や仮定から結論を導き出す。 これは非常に人気のある誤謬である。 結論への飛躍方法には以下の三種類がある。
  35. やかんの論理 (Kettle logic)
    互いに矛盾する論拠によって反論する。
  36. ルーディックの誤謬 (Ludic fallacy)
    カジノなどにおけるゲーム理論を現実世界に当てはめる誤謬。 現実世界では、予想もしていなかった出来事が発生する。
  37. モラルに訴える論証 (Moral high ground)
    自分たちのモラルが論敵よりも高い事を強調して正しい事を訴える論証。 「集団思考」に陥った場合、 「モラルの幻影」という現象が現れ、 集団固有のモラルに対して絶対的な信頼を持ち、それに対して疑問を持たない傾向がある。 そして彼らの判断がもたらす倫理的あるいは道徳的な結果については、無視する傾向があるとされる。
  38. 道徳主義の誤謬 (Moralistic fallacy)
    社会的に問題のある結論を偽とする論証。 社会常識に訴えるが、ある社会における常識が別の社会でも常識であるとは限らない。 何が道徳であるかは、証明する必要のないアプリオリとされる。 道徳主義的誤謬は、実在する社会活動が自然でない事を批判するために使われる。 「集団思考」に陥った場合、 「代替案を充分に精査しない」という現象が現れ、社会的に問題のある仮説が検討されない傾向がある。
  39. 動くゴールポスト (Moving the goalposts) (怠惰な帰納) (草むらに連れ込んで絞め殺す誤謬)
    要求されていた証明を行うと、更に過大な証拠などを要求する方法。 「集団思考」に陥った場合、 「代替案を充分に精査しない」という現象が現れ、要求されていた証明を行っても認められない傾向がある。 この誤謬の一種として、どのような確実な証拠や論証を提示しても、信頼性の不足した根拠を理由に正しいと主張し続ける「怠惰な帰納」(Slothful induction)や、 強大な記憶力を持つ専門家でないと答えられないような質問を出し、それに答えられない事を理由に「主張する資格もない」などと批判する「草むらに連れ込んで絞め殺す誤謬」(Drag-you-into-the-weeds-and-strangle-you fallacy, On the spot fallacy)等もまた、人気のある誤謬である。
  40. 自然主義的誤謬 (Naturalistic fallacy)
    ヒュームの法則」に反し、 あることが自然的であることから、道徳的判断を導いたり、善を定義づける主張。 自然主義的誤謬は道徳主義的誤謬の逆であり、実在する社会活動が自然である事を正当化するために使われる。 この誤謬の一種として「愚公山を移す」のような古代の知恵に訴える「古代の知恵に訴える論証」(Appeal to ancient wisdom)もまた、人気のある誤謬の一つである。
  41. 涅槃の誤謬 (Nirvana fallacy) (科学の不完全性に訴える誤謬)
    存在し得ない完璧な解決方法を追い求め、主張を退ける。 この誤謬の一種として、科学がこれまで間違いを犯してきた事を理由に科学的反論を退ける「科学の不完全性に訴える誤謬」(Science was wrong before)もまた、人気のある誤謬の一つである。
  42. 断言による証明 (Proof by assertion)
    反例が存在するにも関わらず、繰り返し断言する事によって正しいと主張する。
  43. 冗舌による証明 (Proof by verbosity) (Gish Gallop)
    よくわからない概念や手法などを持ち出して反論する気を失わせ、正しいと主張する論証。 この論証を行ったギッシュ氏にちなんで「ギッシュギャロップ」(Gish Gallop)とも言う。 「原典の読み下し方法に誤りがある」等、議論は下らない議題で走り回り(gallop)続け、本題には入らない。
  44. 検察官の誤謬 (Prosecutor's fallacy)
    統計上の数字に関する誤謬。
  45. 証明し過ぎ (Proving too much)
    特殊事例に基づいて馬鹿げた結論を出す。
  46. 心理学者の誤謬 (Psychologist's fallacy)
    観察者が行動を分析する際に、自らが客観的だと誤って仮定する。
  47. 関連の誤謬 (Referential fallacy)
    全ての言葉には何らかの意味があると仮定する。 実際には意味の無い言葉もある。
  48. 回帰の誤謬 (Regression fallacy)
    存在しない原因に帰してしまうこと。 自然の変動を考慮していないという問題がある。
  49. 具象化 (Reification)
    抽象的な概念を実際の物に具象化し、それを基に議論する。 しかし、具象化は単なる発想に過ぎない。
  50. 回顧的決定論 (Retrospective determinism)
    事件はある状況において発生したため、その状況が事件の発生を不可避にしたとする。
  51. ショットガン議論 (Shotgun argumentation)
    自分の立場を説明するために次から次へと論点を繰り出し、反論者がそれに対応できない。 この誤謬の一種として、 ナンセンスな論点のすり替えを多用して聞き手を混乱させて自分が望む結論へ誘導する「チューバッカ弁論」(Chewbacca defense)もまた、 人気のある誤謬の一つである。 さらにこの誤謬の一種として、 重要ではない些細な問題を次々と繰り出して時間を引き伸ばす「どうでもいい反論」(Trivial objections)は、国会議員達に人気のある誤謬である。
  52. 特例嘆願 (Special pleading)
    一般的に受け入れられているルールの適応が免除されるべきである事を免除の理由を正当化せずに主張する。 ダブルスタンダードの一種。 「集団思考」に陥った場合、 「不死身の幻影」という現象が現れ、 自分の所属している集団が間違える事がないと考える傾向がある。 この場合、仮説は「イデオロギー」として神聖化され、 「特例嘆願」が組織的に行われて仮説に対する検証が社会的に不問とされ、 「独断主義」へと陥る危険が有る。
  53. 間違った方向 (Wrong direction)
    「車椅子は危険だ。何故ならば車椅子に乗っている人は事故に巻き込まれる人達だから」という論証。

2.1 誤った一般化(Faulty generalizations)

  1. 例外の撲滅 (Accident) (例外の一般化)
    「鳥は飛ぶ。ダチョウは鳥だ。故にダチョウは飛ぶ。」 この誤謬の逆の誤謬として、「XXちゃんはあんな事してたよ。だから僕も同じ事してもいいんだ!」という「例外の一般化」(Converse accident)もまた、人気のある誤謬の一つである。
  2. 本物のスコットランド人なら (No true Scotsman)
    反証を挙げると、適当な理由をつけて反証を認めない。
  3. チェリー・ピッキング (Cherry picking)
    数多くの事例の中から自らの論証に有利な事例のみを並べ立てることで、命題を論証しようとする誤謬。 「集団思考」に陥った場合、 「情報をよく探さない」、「手元にある情報の取捨選択に偏向がある」等の傾向が現れる。
  4. 生存バイアス生存者バイアス (Survivorship bias)
    現在残っている物だけを調査し、淘汰された物を調査しないために誤った信念を持つ傾向。
  5. 間違った類推 (False analogy)
    条件の相異や例外の存在を考慮に入れずに類推し、その類推を大前提として論旨を組み立てること。 この誤謬の一種として、人類が1969年に人間を月に送る事ができた事を理由に、 人類が一致団結すればどんな事でも不可能はないとする「月に訴える論証」(Argumentum ad lunam)もまた、人気がある誤謬の一つである。
  6. 早まった一般化 (Hasty generalization) (ナットピッキング)(成功例に訴える論証)(スポットライトの誤謬)
    少ない例から誤った一般的な結論を導く。 人間が最も陥りやすい誤謬の一つ。 この誤謬の一種として、集団の中の極端な人物の言動を例に出し、集団全体を攻撃する「ナットピッキング」(Nutpicking)、 これまでその主張を信じてうまくやってきたのでそれが正しいとする「成功例に訴える論証」(Pragmatic fallacy)、 マスメディアなどで報道されたデータが一般的結論を導くとする「スポットライトの誤謬」(Spotlight fallacy) などもまた人気がある誤謬である。 この誤謬の深刻なケースとして逸脱者に対して行われる「レッテル貼り」(Labeling)があるが、これは論理展開というよりも「認知の歪み」、 「レトリック」、 「プロパガンダ技術」等の一種として考えられている。
  7. 誤解を生む極端例 (Misleading vividness)
    極端例に基づく論証。 「俺が見た事のあるビデオの中の日本人は皆、変態だった。 だから日本人は皆、変態だ。」 現在、次の「事例証拠の誤用」と合併されて一つの項目となっている。
  8. 事例証拠の誤用 (Anecdotal fallacy)
    個人経験や孤立した確証(他の事実と整合の取れない特殊例)に基づいて真であると主張する推論。 全体を代表していない特殊例から一般的な推論を行う誤謬である「例による証明」(Proof by example)の一種。 事例証拠は誘導尋問などによって捏造される危険性がある。
     この誤謬は根拠が十分で無いにも関わらず、「可用性ヒューリスティック」という認知バイアスとの相乗効果で強い心理的効果を発揮し、「早まった一般化」という人間の最も陥りやすい誤謬へ導く。 誤謬リストにおいて以前は「形式的誤謬」に分類されていたが、現在は「非形式的誤謬」とされている。
  9. 圧倒的な例外 (Overwhelming exception)
    例外が多すぎる主張。 「我国はいつも他国との友好関係を大切にしている。我国の国益に反しない限り。」
  10. クリシェ (Thought-terminating cliché)
    適当な決まり文句(ことわざ、格言、スローガン等)を言って議論を停止する。

2.2 論点と関係無い話をする誤謬(Red herring)

 「燻製ニシンの虚偽」 (Red herring)とは、 重要な事柄から受け手(聴き手、読み手、観客)の注意を逸らそうとする誤謬である。 推理小説などでよく使われる方法で、様々な種類がある。
  1. 人身攻撃 (Ad hominem) (社会性に訴える論証)
    ある論証や事実の主張に対する応答として、その主張自体に具体的に反論するのではなく、それを主張した人の個性や信念を攻撃すること、またそのような論法。 この誤謬の一種として、主張者の社会性や女性経験を問題視する「社会性に訴える論証」(Argumentum ad cellarium)もまた、人気のある誤謬の一つである。
  2. 井戸に毒を入れる誤謬 (Poisoning the well) (御用認定)
    聴衆が問題をよく理解する前に、前もって対立する主張者に悪印象を持つようにして先入観を植え付ける。 「集団思考」に陥った場合、 「心の警備」という現象が現れ、 「自薦の用心棒」達が活躍し、異論が入ってくるのを防いで集団を保護する傾向がある。 この誤謬の一種として、論敵を忌まわしい組織のサクラであるとレッテルを貼る「御用認定」(Shill Gambit)もまた、人気のある誤謬の一つである。 これは「御用カード(Shill Card)を使う」とも言う。
  3. 罵倒の誤謬 (Abusive fallacy) (誹謗中傷)
    主張に反論するのではなく、相手を罵る。 この誤謬の一種として、根拠もなく「このXXXXめ」などと悪口を言う「誹謗中傷」(Name calling)もまた、人気のある誤謬の一つである。 「集団思考」に陥った場合、 強い「われわれ感情」が現れ、 集団外部に対して「邪悪」や「間抜け」等と罵倒する傾向がある。
  4. 空虚な真理 (Vacuous truth)
    存在しない対象に対して議論をする。 どのような結論も真であるが、意味は無い。 「ユニコーンの角は万病に効く万能薬だった。」
  5. 権威に訴える論証 (Appeal to authority) (無敵の権威に訴える論証)
    命題が真であることを立証するために、権威によって裏付ける帰納的推論の一つである。 権威のある者が繰り返し断言する事によって真実とする「断言による証明」(Proof by assertion)は、洗脳方法としてよく使われる。 この誤謬の一種として、「綸言汗の如し」のように「ある分野に関する主張は、その分野の特定の権威の主張のみが正しい」とする「無敵の権威に訴える論証」(Invincible authority)もまた、人気がある誤謬の一つである。
  6. 業績に訴える論証 (Appeal to accomplishment)
    主張者の業績に基づいて、主張の真偽を判断する。
  7. 結果に訴える論証 (Appeal to consequences)
    何らかの前提に従うと最終的に好ましい(または好ましくない)結果が導かれるということに基づいて、その前提を真(または偽)とする論証。
  8. 感情に訴える論証 (Appeal to emotion) (前提のごまかし)
    確証の検証や論証ではなく、例えば「このような主張をして恥ずかしくないのか?」(Appeal to shame)などのような「感情による理由付け」に基づいて真偽を判断する論証。 この誤謬の一種として、本来ならば検証すべき重要な前提を「感情に訴えて」当然の事として誤魔化す「前提のごまかし」(Hand-waving)もまた、人気がある誤謬の一つである。 「集団思考」に陥って誤った前提が「イデオロギー」として神聖化された場合、 その社会におけるその前提を用いた論証は全て無意味であり、不毛論争の原因となる。
  9. 恐怖に訴える論証 (Appeal to fear) (偏見に訴える論証)
    相手に恐怖と先入観を植えつけることで自身の考えを支持させようとする論証。 レッテルを貼るなどのプロパガンダの手法を用いて論敵にネガティブなイメージを植え付ける。 「偏見に訴える論証」(Appeal to prejudice)とも言われる。 「集団思考」に陥った場合、 強い「われわれ感情」が現れ、 集団外部に対して「邪悪」や「間抜け」等の偏見を持つ傾向が有る。
  10. お世辞に訴える論証 (Appeal to flattery)
    「虚栄心に訴える論証」(Appeal to vanity)とも言う。 「頭の良いあなたなら、この主張が正しい事が理解できるでしょう」という論証。 目標は美しいとされる概念なら何でも良いので、様々なヴァリエーションがある。 この誤謬は非常に人気があり、説得するのによく使われる。 「良い子なんだから」、 「日本男児たるもの」、 「平和を愛する者は」、 「日本を愛する者は」、 「道徳を重視する者は」、 「女性を大切にする者は」など。
  11. 同情論証 (Appeal to pity)
    論者が聴衆の哀れみや罪悪感などの感情へ直接訴えかける弁論をすることにより、話題の論点を捻じ曲げ、且つ聴衆の同情による支持を受けようとする論証。 この誤謬の一種として、「子供たちのことを考えろ」(Think of the children)もまた、人気のある誤謬の一つである。
  12. 嘲笑に訴える論証 (Appeal to ridicule)
    「そのような主張は馬鹿馬鹿しいので間違いだ」という論証。
  13. 悪意に訴える論証 (Appeal to spite)
    敵対する主張に対し、敵意、憎しみ、シャーデンフロイデ等の負の感情を喚起させて賛同を得る論証。 「集団思考」に陥った場合、 強い「われわれ感情」が現れて論敵に激しい敵意を抱く傾向がある。 この誤謬の一種として、 文化大革命における「修正主義批判」のように、 論敵のような主張をする者たちを邪悪な存在として批判する「悪魔化」(Demonization)もまた、人気がある誤謬の一つである。
  14. 希望的観測 (Wishful thinking)
    証拠や合理性ではなく、「そうあって欲しい」とか「そうだったらいいな」という希望に影響されて真偽を判断する。 この誤謬の一種として、著名な市場関係者が自分のポジションに有利な方向に相場が動くように発言する「ポジショントーク」もまた、人気のある誤謬の一つである。 「集団思考」に陥った場合、 「代替案を充分に精査しない」という現象が現れ、希望的観測にしがみ付く傾向がある。 この「希望的観測」に囚われるとソ連対日参戦巨大津波による原発事故のような「意図せざる結果」(Unintended consequences)を見逃して悲劇を招く。
  15. 動機に訴える論証 (Appeal to motive)
    状況対人論証(circumstantial ad hominem)の一種。 主張の動機を問題視し、主張を偽であるとする。 主張の「動機づけ」には「外発的動機づけ」、「達成動機づけ」、「内発的動機づけ」の三種類がある。 「外発的動機づけ」と仮定して批判する場合は「XXXXの手先め」というような批判となる。 「達成動機づけ」と仮定して批判する場合は「XXXX主義者め」というような批判となる。 「内発的動機づけ」と仮定して批判する場合は人格批判となる。
  16. 自然に訴える論証 (Appeal to nature)
    何かが自然だから良い/正しい、あるいは何かが不自然だから悪い/間違っていると結論する。 この誤謬と紛らわしい誤謬に「自然主義的誤謬」がある。
  17. 新しさに訴える論証 (Appeal to novelty)
    主題が現在または未来の流行もしくはファッションに適合しているので正しいと見做す論証。
  18. 貧困度に訴える論証 (Appeal to poverty)
    主張者の貧困度によって正しいと判断する論証。
  19. 伝統に訴える論証 (Appeal to tradition)
    主題が過去または現在の伝統(しきたり、流儀、慣習、習慣)に照らして正しいと見なす論証。 この論証を行う者が構造改革の抵抗勢力となる。 「集団思考」に陥った場合、 「不死身の幻影」という現象が現れ、 自分の所属している集団が間違える事がないと考え、構造改革が不可能となる傾向がある。
  20. 富裕度に訴える論証 (Appeal to wealth)
    主張者が金持ちだから正しいとする論証。
  21. 静けさに基づく論証 (Argument from silence) (検閲に訴える論証)
    歴史記録に記述がない事を根拠にして真偽を判定する論証。 「マルコポーロは中国に行っていない。彼の著作には万里の長城が出てこないから。」 この誤謬の一種として、都合の悪い証拠を全て処分してしまう「検閲に訴える論証」(Appeal to censorship)もまた、人気のある誤謬の一つである。
  22. 威力に訴える論証 (Argumentum ad baculum)
    力や強制で論理的帰結を正当化する論証。 「集団思考」に陥った場合、 不一致の兆候を示す者たちに「直接圧力」がかけられる傾向がある。 この誤謬の一種として、便宜を図るなどの方法で証言などをでっちあげる「賄賂に訴える論証」(Appeal to bribery)もまた、人気のある誤謬の一つである。
  23. 衆人に訴える論証 (Argumentum ad populum) (三人成虎の誤謬)
    多くの人々が信じている、支持している、属している等の理由で、ある命題を真であるとする論証。 この誤謬によって真実が形成されるプロセスを「コンセンサスによる真実」(Truth_by_consensus)と言う。 「集団思考」に陥った場合、 「満場一致の幻影」という現象が現れて、メンバーの沈黙が「コンセンサスによる真実」となる傾向がある。 この誤謬の一種として、大勢でウソを付いて真実を捏造する「三人成虎の誤謬」(Three men make a tiger)もまた、人気のある誤謬の一つである。
  24. 関連付けの誤謬 (Association fallacy) (ヒトラーに訴える論証)
    「その主張を支持する者の中にはろくでもない連中がいる。故にその主張は間違った内容である」という論証。 この誤謬の一種として、論敵をアドルフ・ヒトラーに例える「ヒトラーに訴える論証」(Reductio ad Hitlerum)もまた、人気のある誤謬の一つである。 これは「ゴドウィンの法則」とも呼ばれている現象である。
  25. バルヴァー主義 (Bulverism)
    論敵の主張を過ちであると仮定し、論敵の過ちの原因をその人格に求め、その人格によって主張が過ちであるとする論証。 この論証を行う者たちを「バルヴァー主義者(Bulverist)」という。 発生論の誤謬循環論法、動機に訴える論証、論点のすり替え、など様々な誤謬を複合的に組み合わせた誤謬の王様。
  26. 前世紀の遺物、年代に訴える論証 (Chronological snobbery)
    「そんな主張はもう誰も相手にしない古い考えだ」という論証。 「集団思考」に陥った場合、 一旦否定された代替案は再検討されない傾向がある。
  27. 更に重要な問題の存在に訴える誤謬 (Fallacy of relative privation)
    もっと重要な問題が有るので、そんな議論など無意味だと主張する。 「XXXXを批判するなら、YYYYも批判すべきだ」、 「YYYYをスルーしてXXXXを批判しても無意味だ」等々。
  28. 発生論の誤謬 (Genetic fallacy)
    主張や確証の信憑性を検証せず、その出所だけで真偽を判断すること。 或いは現在の意味や状況を無視し、その出典や出自だけを根拠として結論を導くこと。
  29. 決め付け言葉 (Judgmental language)
    侮辱的、偏見に満ちた言葉で罵り、判断に影響を与える論証。 「集団思考」に陥った場合、 強い「われわれ感情」が現れ、 集団外部に対して「邪悪」や「間抜け」等の偏見を持つ傾向が有る。
  30. プープーの誤謬 (Pooh-pooh)(悪魔への制裁)
    「主張自体に議論するべき価値が無い」、「俗説は相手にしても仕方がない」などとして論証しない。 ダーウィンが「種の起源」を発表した時に社会に蔓延したのがこのプープーだった。 生理的に受け付けない主張や証拠に接した時の拒否反応を「嫌悪の知恵」(Wisdom of repugnance)と呼ぶ。 この「嫌悪の知恵」が生じた時に人間が犯しやすい誤謬がこのプープーである。 「pooh」は元々「嫌気がさす」という意味があった言葉で、現在の「pooh-pooh」は「鼻であしらう、蔑む」という動詞である。 語源は「party pooper(場を白けさせる人)」だと言う人もいる。 ちなみに「Winnie the Pooh」は「プー熊のウィニーさん」という意味。 この誤謬の一種として、議論する事自体が論敵に対して承認を与える行為として議論しない「悪魔への制裁」(Sanctioning the devil)もまた、人気のある誤謬の一つである。 「集団思考」に陥った場合、 「自己検閲」という現象が現れ、 波風を立てるような仮説は話題にしなくなる傾向がある。
  31. 藁人形論法 (Straw man fallacy)
    議論において対抗する者の意見を正しく引用しなかったり、歪められた内容に基づいて反論するという誤った論法、あるいはその歪められた架空の意見そのものを指す。
  32. テキサス狙撃兵の誤謬 (Texas sharpshooter fallacy)
    本来相関のないものを相関があるとして扱う誤謬。
  33. お前だって論法 (Tu quoque) (あれはどう説明するんだ)
    「お前が言うな」という論証。 この誤謬の一種として、議題と少しだけ共通点がある批判者の行為を挙げつらい「あれはどう説明するんだ」と批判する「そっちこそどうなんだ主義」(Whataboutism)という誤謬もまた、人気のある誤謬の一つである。
  34. 目には目を (Two wrongs make a right)
    「悪事をされた以上、悪事をしてもかまわない」という論証。 復讐を正当化する時によく使われる人気のある誤謬である。

2.3 誤謬の可能性がある推論

 以下の推論は誤謬の可能性があるが、必ずしも誤謬ではない場合もある。
  1. 壊れた窓の誤謬 (Broken window fallacy)
    失われた機会によるコストの無視に関する論争で使われる。
  2. 定義主義者の誤謬 (Definist fallacy)
    言葉を自分で定義する事によって発生する誤謬。
  3. 友達に訴える論証 (Friend argument)
    「XXXXを差別しているのではないか?」と批判された時に、「私にはXXXXの友人がいる」と弁解する。
  4. すべり坂論法 (Slippery slope)
    坂を一歩踏み出すと転げ落ちてしまうので、最初の一歩を踏み出すべきではないという論理。 ドミノ理論。
  5. 馬鹿らしさに訴える (Reductio ad absurdum)
    地球が平らなんて馬鹿らしい。 それが本当なら、端っこにいる人は落ちてしまうじゃないか」という推論は間違ってはいなかったようである。 しかし、「宇宙が膨張しているなんて馬鹿らしい。 それが本当なら宇宙は一点から始まった事になってしまうじゃないか」という推論は間違っている可能性が高い。

2.4 リストに表示されていない誤謬など

 以下の推論は英語版の誤謬一覧には記述されていないが、「誤謬」と言われている現象である。 "logical fallacy"は日本語の「誤謬」に対応するが、 英語で単に"fallacy"と書かれている場合には、「考え方に間違いがある場合がある」などの意味で、 「錯誤」、「誤り」などとも訳される事もある。
  1. 間違いですらない (Not even wrong)
    「神は存在する」などのように、間違いを証明する方法が存在しない主張。 ヴォルフガング・パウリの「その主張は単に正しくないばかりでなく、間違いですらない」というコメントが由来。
  2. かつらの誤謬 (Toupee fallacy)
    「全てのかつらは偽物っぽい。何故ならば、偽物と判断できないかつらは見たことがない」という主張。 彼が偽物と判断できない実例を探し出して、連れてくる以外にこの主張を否定できない。 「ヘンペルのカラス」も参照。
  3. 敵の敵は味方 (My enemy’s enemy)
    自分の敵の更なる敵の主張は正しい、とする論証。
  4. 労働塊の誤謬 (Lump of labour fallacy)
    世の中における仕事はある決まった一定量しかないという考え方。
  5. スタックの誤謬 (Stack fallacy)
    大企業が自分たちの経験こそが一流であり、他分野への参入など簡単だと考えて失敗する現象。
  6. 語呂合わせに訴える論証(新種発見か?)
    「邪馬台とは大和である。従って邪馬台国は畿内にあった」という論証。

3. プロパガンダ技術

 以上で紹介した各種認知バイアスや誤謬を利用した主なプロパガンダテクニックを紹介する。 ここではその用途に応じて宣伝、批判、説得、詭弁、世論支配の5種類に分類しているが、 多くの技法は複数の用途にも応用できる。 ここに記すプロパガンダ技術を念頭において社会を観察すれば、 これまで見えてこなかった「社会の真実」が見えてくるかもしれない。

3.1. 宣伝のプロパガンダ技術

  1. スローガン(Slogans)
    単純で印象に残るフレーズで、感情に訴えるスローガンを繰り返す。
  2. 美辞麗句(Virtue words
    自由、人権、平和、希望、幸福、真実、などの人々が反対できない美辞麗句をちりばめ、 主張が正しい事を印象づける。
  3. 美しい人々(Beautiful People)
    仮説を信じる事により美しく幸せな社会ができる事を印象づける。
  4. ピカピカの一般論(Glittering generality)
    「改革」、「希望」、「復活」など誰もが喜ぶ言葉で魅了するが、具体策は示さない。
  5. 庶民性に訴える(Common man)
    方言を使って語りかけるなど、庶民的な行動で人気を得る。
  6. 婉曲法(Euphemism)
    否定的な含意を持つ語句を直接用いず、他の語句で置き換える。
  7. フレーミング効果(Framing)
    フレーミング効果を利用して、大衆の基準点と対比した表現をする。
  8. FUD(Fear, uncertainty and doubt)
    大衆が信じていることに反するような情報を広めることで、大衆の認識に影響を与えようとする戦略的試み。
  9. 認知的不協和(Cognitive_dissonance)
    反感を持つ意見であっても、 好感度の高い芸能人を雇って宣伝させれば、 反感も和らぐ。
  10. オペラント条件づけ(Operant conditioning)
    スローガン作成や人格攻撃など、各種プロパガンダ技術を考える時の基盤となる、行動主義心理学の基本原理。

3.2. 説得のプロパガンダ技術

  1. 足を引き入れる(Foot-in-the-door technique)
    受け入れやすい簡単な要求から始める事によって徐々に断れない状況を作りだし、過大な要求を受け入れさせる。
  2. おとりのふっかけ(Door-in-the-face technique)
    絶対に受け入れられない提案をした後に、より受け入れやすい提案を出して要求を受け入れさせる。
  3. クリシェ (Thought-terminating cliché)
    適当な決まり文句(ことわざ、格言、スローガン等)などを使って言いくるめる。
  4. 一つだけの選択肢(Pensée unique)
    極度に単純化したフレーズを用いて議論をやめさせる。 「カルタゴ滅ぶべし」、 「もう戦争以外に道は残されていない」
  5. 他の選択肢を選ばせない(Dictat)
    Uncle Samのポスターのように、 分かりやすく印象に残る方法で、他の選択肢を選ばせない。
  6. 旗振り(Flag waving)
    愛国心に訴えて説得する。
  7. 愛の爆撃(Love bombing)
    あるイデオロギーに染めるため、まだ染まっていない人間が持っている社会的サポートを遮断し、 その代わりとなるサポートを集団で行い、愛情の波状攻撃で以前の社会から孤立させる。
  8. 極端な単純化(Oversimplification)
    人々が難しい説明を理解しないのを利用して「原因はXXXXのせいだ」などとして政敵を貶める技術。 この技術の一種として、悪い現象の何もかもをXXXX(ユダヤ人など)のせいだとする、 「悪の元凶」もまた、人気のある技術の一つである。
  9. 許容範囲の拡大(Latitudes of acceptance)
    通常では受け入れられない案でも、さらに受け入れ難い案と一緒に提出すると受け入れ易くなる。 タブーを一歩ずつ確実に破壊していく方法もある。
  10. 第三者技術(Third party technique)
    マスメディア等を利用して主張を浸透させたり、 スピンドクターを利用して論敵に不利となるような情報を第三者に提供させ、論敵に悪い印象を持つように仕向ける。 「人工芝集団」や「企業舎弟」などが活躍する。

3.3. 批判のプロパガンダ技術

  1. 燻製ニシンの虚偽(Red herring)
    重要な事柄から受け手(聴き手、読み手、観客)の注意を逸らし、関係ない話を持ち出して批判する。
  2. ステレオタイプ(Stereotyping)
    ある主張に対して大衆に偏見を植え付ける方法。
  3. 連想(Transfer)
    強い感情を引き起こすイメージと結びつけ、連想させる。 ナチスのシンボルがよく使われる。
  4. 人身攻撃 (Ad hominem)
    議論の内容ではなく、主張者の人格を攻撃したり、主張者の権威を貶める(Smear campaign)。
  5. レッテル貼り(Labeling)
    人身攻撃をするために最もよく使われるプロパガンダ技術。 これは「レッテル貼り」という行為には、ある事象を言語で記述する際に、人の行動を評価する強力な説明能力を持っているからである。
  6. 連座の罪(Guily by association)
    ヒトラーに訴える論証」のように、ある主張を邪悪な思想に関連づけて排斥する。
  7. ギッシュギャロップ(Gish Gallop)
    難解な質問を次々と浴びせ、相手が何を言っているのか分からない状態にする。
  8. 充填された言葉(Loaded language)
    強い感情に訴える言葉を使って悪態を尽くし、大衆に印象を与える方法。 或いは美食番組のように、あらゆる形容詞を総動員して褒めちぎる。
  9. 誹謗中傷(Name calling)
    ある主張に対して人々が嫌悪感を持つようにするために、ひたすら誹謗中傷し続ける。
  10. 偏見に訴える(Appeal to prejudice)
    敵対する主張を感情に訴える言葉で批判し、仮説を信じる事が道徳的に正しい事を印象づける。
  11. 恐怖に訴える (Appeal to fear)
    論敵の主張が実現されたら、どのような恐ろしい事が起きるかを予言し、恐怖という感情に訴える。 「恐怖を触れ回る」(Fearmongering)とも言う。
  12. 藁人形論法 (Straw man)
    相手の意見を歪め、その歪めた主張に対し批判する。 「そのような主張は、XXXX主義である」など。

3.4. 詭弁のプロパガンダ技術

  1. 権威に訴える(Appeal to authority)
    有名な権威に支持させる事で、仮説が正しい事を印象づける。 権威が高いように見える名前を付けた団体に主張させ、権威ある団体が主張しているように見せる方法もある。
  2. 推薦状 (Testimonial)
    権威のある団体から何らかの資格か肩書きを取得し、その主張には権威があるように見せる。
  3. 誇張(Exaggeration)
    事実を誇張して伝え、偏見や恐怖などに訴える。
  4. 最小化(Minimisation)
    「誇張」の逆。批判を否定できない場合、行動を合理化したり、責任を矮小化したりする。
  5. 偽情報 (Disinformation)
    都合の良い記録を捏造したり、都合の悪い記録は捏造だとする。
  6. 蒙昧主義 (Obfuscation)
    知られたくない事実を隠すため、簡単な概念を迂言法を使ってわかりにくくしたり、 隠語業界用語をちりばめて部外者を煙に巻く。 中国語では「愚民政策」と言う。
  7. チェリー・ピッキング (Cherry picking)
    都合の良い事実だけを述べて仮説が正しいと印象づけるが、都合の悪い事実については何も語らない。
  8. 古典的条件付け(Classical conditioning)
    誰々は「Aもした」、「Bもした」、「Cもした」という悪行を証拠を示して並べあげる。 そして最後に「Zもした」と主張すると、例え不確かな根拠でも人々は疑う事なくそれを信じる。 「パブロフの犬」とも言う。
  9. 嘘と欺瞞(Lying and deception)
    意図的に偽情報を流したり、重要な事実を伝えない事により人々に疑問を持たせない技術。 この技術の一種として非常に重要な「事実」や「仮説の存在」を意図的に伝えない「省略による嘘」(Lying by omission)もまた人気のある技術の一つである。 例えば「九州北部の甕棺」と「韓国南部の甕棺」は明らかに関連が有るように見えるが、 その類似性が伝えられる事はないように。
  10. 半分真理(Half-truth)
    真理の全てを説明せず、部分的にしか述べない。 例えば「合口棺は九州北部に特有の墓制である」という説明は「日本史」での記述としては正しいが、 これを「東アジア史」で記述した場合には間違いとなる。
  11. 黒か白かの誤謬(Black and white fallacy)
    例えば「九州説か畿内説か」のように選択肢を二つしか示さず、 その中から良い方を選ばせてそれを正しいとする。
  12. 暗黙の前提(Unstated assumption)
    直接主張すると疑問を持たれる可能性がある前提を、当然の事として扱う事により疑問を持たせない技術。 例えば「当時日本で一番大きな国家が存在したのは畿内なので、邪馬台国は畿内にあった」という主張は、「邪馬台国は日本に存在した」という証明されていない主張を「暗黙の前提」としている。
  13. 不当な結論(Non sequitur)
    結論を導かない理由付けを意図的に用いて誤った結論を導く。 例えば中国人の墓が多数発見された場合、それは「中国系の住民が多数居住していた事」しか立証しない。 しかしそれらの墓を根拠にして、「その地が中国の領土の一部であった事の絶対的な考古学的確証だ」などと強弁するなど。

3.5 世論を支配するプロパガンダ技術

 20世紀前半のドイツにおいて、世論を支配するプロパガンダ技術の天才が現れた。 その人物の名は「アドルフ・ヒトラー」である。 ヒトラーは確かに人間の特性を見抜く才能があり、「満足している者は、命がけの力を出す事ができない」、「人間は退路を絶つ事により、より果敢に戦う事ができる」などの人生に役立つ言葉も残している。 しかし、彼はその才能で世論を支配し、誤った主張を社会的に「ファクトイド」とする方法を実践し、世界を破滅へと導いてしまった。 ここでは詭弁のプロパガンダ技術と共にそれに対応する「ヒトラー語録」を紹介する事により、世論を支配する方法を理解する参考とする。
  1. 感情に訴える (Appeal to emotion)
    ヒトラーは「大衆の多くは無知で愚かである」、 「宣伝は人々の感情に訴えるものでなければ効果がない。知性に訴える部分は最小に抑えるべきである」などと述べている。
  2. 個人崇拝(Cult of personality)
    指導者個人を崇拝の対象に据えて大衆を信じさせるプロパガンダ技術。 ヒトラーは 「民衆の心をつかむのは正しいかどうかではない。情熱、意気込み、確信といったものを感じさせる事が重要である」、 「弱者に従っていくよりも強者に引っ張って行ってもらいたい。大衆とはそのように怠惰で無責任な存在である」などと述べている。
  3. 大きなウソ (Big Lie)
    ヒトラーが「我が闘争」において言及したプロパガンダ技術。 「大きなウソ」の虚偽報道を繰り返す方法。 ヒトラーは「大衆は小さなウソについては自分でもつくので騙されないが、大きなウソは怖くてつけないので騙されやすい」と述べている。
  4. ニュース管理(Managing the news)
    マスメディアや学校教育等の社会的影響の大きい組織を利用して大衆に届く情報を管理する。 ヒトラーも「例えどのようなプロパガンダ技術を使ったとしても、それが基本的な概念として人々に繰り返し伝え続けなければ効果はない」と述べている。
  5. スケープゴート(Scapegoating)
    責任の所在がどこにあるのかの議論の対象を自分から外すため、他者に責任をなすりつけるプロパガンダ技術。 ヒトラーも「責任は全て敵にある。重要なのは"私の責任ではない"と主張するのではなく、"あいつの責任だ"と突っぱねる事だ。単なる責任回避では卑怯者と批判されるだけだ」と述べている。 この技術の一種として被害者の行動を問題にして「仕方がなかった」などとして被害者に責任を押し付ける「被害者への非難」(Victim blaming)もまた、人気のある責任逃れの技術である。
  6. 合理化(Rationalization)
    本来であれば問題のある行動を正当化するための口実を作り出す。 例えば「言論の自由」は本来尊重しなければならないが、それでも自分たちの主張を「真実」とするために反対意見を述べる者達を政治的に弾圧する事を正当化する口実を作る。 とある「理念」を打ち出し、その「崇高な理念」を破壊しようとする者達の「言論の自由」の弾圧を正当化するなどの方法だ。 ヒトラーも「理念とは飽くまでも目的のための手段である。目的を達成するためには理念を実現するために戦え。理念がしっかりしていないと、卑怯と言われる武器の使用をためらうだろう。」と述べている。
  7. 思考停止するまで繰り返し (Ad nauseam)
    "Ad nauseam"とは、その件について思考する事に疲れるまで繰り返す事で、「吐き気を催す論証」とも言われる。 できるだけ簡単なスローガンを繰り返して頭の中に刷り込む方法や、 大勢で執拗に「吊し上げ」る方法などがある。 ヒトラーも「宣伝とは大衆を確信させるため、最も単純な概念を何千回と繰り返し覚えさせる事である」と述べている。
  8. 悪魔化 (Demonizing the enemy)
    人類が最も古くから使用してきたプロパガンダ技術。 論敵を「非人間的存在」や「国家の敵」などとして、主張を検討する価値もない不道徳な人間であるとし、 憎しみを植え付ける。 悪魔のような敵など殺しても構わないと考えるようになった者達に捕らえられた「悪魔」たちは、 魔女狩りでの魔女達や文化大革命での劉少奇主席のように無残に殺された。 最悪の惨劇を生み出してきたのは「ユダヤ人問題の最終的解決」のような、「他民族の悪魔化」である。 このような悪魔化のプロパガンダを見た場合には、注意が必要である。 ヒトラーは「第一次大戦でドイツが敗北したのは、ユダヤ人によってドイツ民族の純潔が守れなかったためである。ドイツ人の血の純潔を維持し、ユダヤ人を根絶やしにする必要がある。」と述べている。
  9. ミリュー制御(Milieu control)
    「ミリュー」とは人々の思考や行動に影響を与える人間や情報などの何かで、「環境」や「境遇」などと訳される社会的な概念である。 社会的な同調圧力等によってマインドコントロールを行うプロパガンダ技術。 外界の忌まわしい主張から集団を遮断するのも、ミリュー制御のテクニックの一つである。 同調圧力をかけるためには「モラル事業家」と呼ばれる者達に導かれた「自薦の用心棒」と呼ばれる者達が活躍する。 マスメディアによってその主張が支持されると、彼らは「モラルの高い位置」に立っているという「モラルの幻影」に囚われるようになる。 また、「モラル信任効果」という認知バイアスが働くため、モラルの低い者達に対して多少問題のある方法を用いても許されると考える。 そして同調しないモラルの低い者達の意見などは制限すべきだと考え、 集団で「モラルハラスメント」行い、吊し上げ同調させる。 同調圧力には以下のような方法が使われる。 このような手法を用いても同調しない者に対し、知識、能力、資格、動機、人格、言動、関心の有無、精神状態、社会的危険性などを理由にしたあらゆる種類の人身攻撃が繰り広げられる。 主張者に恥の意識を持たせるため、人格を直接攻撃する方法以外にも次のような間接的な個人攻撃のテクニックもよく使われる。
    1. 論点のすり替え」による攻撃(そんな主張するよりも...)
    2. モラルに訴える論証」による攻撃(非社会的行動をする倫理観の無い奴め)
    3. 道徳主義の誤謬」による攻撃(そんな考えが正しい事などあってはならない)
    4. 結果に訴える論証」による攻撃(ロクな事しない奴め)
    5. 虚偽の原因の誤謬」による攻撃(社会悪との親和性が高い奴め)
    6. 関連付けの誤謬」による攻撃(ロクでもない連中の仲間め)
    7. 年代に訴える論証」による攻撃(もう誰も相手にしない古い考えだ)
    8. 嘲笑に訴える論証」による攻撃(検討に値しない愚かな考えだ)
    9. 悪意に訴える論証」による攻撃(こういう考えが日本をダメにする)
    10. ストローマン」による攻撃(意見の一部のみを誇大解釈し、それに反論)
    11. イニュエンドウ」による攻撃(スピンの一種。批評や疑問などの形を取り、言語上では批判していないが、意味的には誹謗中傷を暗示する) マスメディアなどが気に入らない人物を暗に批判する時に使う。
    12. スピンドクター」による攻撃(不利となるような情報を第三者に提供させ、論敵に悪い印象を持つように仕向ける)
    13. バルヴァー主義」による攻撃(主張が過ちであると仮定し、その過ちの原因を人格に求め、その人格によって主張が過ちであるとする)
    このような同調圧力を行っても同調しない者達に対してはレッテルが貼られ、 中世の「異端」や戦前の「非国民」などのように、異なる思想の者たちは「民衆の悪魔」として「悪魔化」される。 これは「恐怖に訴える論証」を利用したプロパガンダ技術の一種である。 そして価値の無い主張をする「逸脱者」とみなされ、社会から「共同絶交」される。 集団思考の誤謬である、 チェリー・ピッキング希望的観測道徳主義の誤謬怠惰な帰納年代に訴える論証伝統に訴える論証特例嘆願前提のごまかし無敵の無知論証モラルに訴える論証井戸に毒を入れる誤謬偏見に訴える論証悪意に訴える論証決め付け言葉罵倒の誤謬威力に訴える論証吐き気を催す論証プープーの誤謬衆人に訴える論証、 等が使用され、 「逸脱者」達は正常な社会生活を行う事が不可能となるレベルになるまで孤立化される。 このような現象が現れると人々は次第に「沈黙の螺旋」に落ちて行き、 対立する外界の忌しい主張を口に出さなくなる。

     ヒトラーは「宣伝の範囲は広く行い、戦う組織は堅固にせよ。支持者を多くし、党員は少なくすべし。」、 「熱狂する大衆のみが操縦可能である」などと述べている。
  10. バンドワゴン (Bandwagon effect)
    その事柄が世の中の趨勢であるように宣伝する。 人間は本能的に集団から疎外されることを恐れる性質があり、自らの主張が世の中の趨勢であると錯覚させることで引きつけることが出来る。 ミリュー制御による同調圧力の手法によって人々を沈黙させる事によりバンドワゴンを成功させる事ができる。 人々が沈黙して「斉一性の原理」が成立すると社会におけるコミュニケーション能力が失われる。 そして人々は誤っていると思われる主張を耳にしても「他の人達はその主張を正しいと考えているであろう」と考える「多元的無知」という現象が現れて、反対しなくなる。 また、「自己検閲」という現象が現れ、 波風を立てるような仮説は話題にしなくなる傾向がある(ダチョウになる)。 そしてダチョウ達の沈黙によって「コンセンサスによる真実」が成立する。 ヒトラーは「世論とは大半が絶え間無い啓蒙によって人為的に作られたものだ。世論は移ろい易く、絶えず啓蒙しておく必要がある。」と述べている。

 ある事件の後、ヒトラーは二度と演説をしなくなり、総統大本営に引きこもるようになった。 それは敗北の許されないスターリングラード攻防戦でドイツ軍が降伏してからだった。 この時、ヒトラーの信念体系は崩壊したのだろう。 「ドイツ軍の敗北」と「ドイツ民族の血の純潔」とは何の関係も無い事が証明された上、 優秀であるはずのゲルマン人が劣等であるはずのスラヴ人に完全に敗北し、 ドイツ民族が他民族よりも優秀であるという信念も間違いである事が証明されたからだ。 そしてドイツの命運も決まったのだ。

 「現実が主人である。カリスマの公約、計画、思想に対し現実のほうが膝を屈することはない。」と述べたのは、 ピーター・ドラッカーである。 どのようにプロパガンダ技術を駆使して主張を社会的に「ファクトイド」としたところで、 根拠の間違った主張は、現実世界においてはドラッカーの言う通り間違った結果しか生み出さない。 間違った信念を信じたまま突っ走っていくと、「主張が予言する世界」と「現実世界」はどんどん乖離していき、やがて誰の目にも理解できる形で間違いが明かにされる。 そして間違いを隠せば隱す程、真実が明らかにされた時の衝撃は大きくなっていくのだ。 ヒトラーから学ぶプロパガンダ技法の行先に待っているのは、真実が明らかにされた時の「信念体系の崩壊」なのだろう。 そしてもし国家的なレベルでこれらのプロパガンダ技術を使って怪しげな主張を「真理」とするのであれば、 それが生み出す結末は単なる「信念体系の崩壊」では済まされない。 それはナチス・ドイツの「優生思想」や大日本帝国の「神州不滅」のように、 国家を破滅へと導く「死に至る病」と化すのだ。

 我々は歴史から学び、誤った信念に基いて行動し、破滅したナチス・ドイツや大日本帝国が犯した過ちを決して繰り返してはならない。 と同時に、誤った信念に基いて行動する集団の危険性を見抜かねばらなない。 ここで記したような現象を見た場合、その社会が内包する危険性に注意すべきである。

4. 立証責任を果たさない議論(逃げ口)

 我々は真実を信じ、間違いを信じないようにするためにはどうすれば良いであろうか。 それは「認識論」という哲学の一分野として研究されてきた。 認識論はなかなか難解な学問であるが、 簡単に言えば「主張の理由付けが正しいかどうかをチェックする事」と、 「より単純でかつ、より広範囲の事実を説明できる主張を正しいとする事」によって間違いを排除するのが基本である。 そして間違った主張が正しいとされてしまうのは、主に次の4つのいずれかの原因による。
  1. 理由付けに誤謬が使用されている
  2. 理由付けに「正当化されない前提」が使われている
  3. 理由付けの否定につながるような重要な「事実」が考慮されていない(仮説が正しければ当然起きるはずの事象が発生していない等)
  4. さらに事実を広範囲に説明できる、より重要な「仮説」が考慮されていない
このような事態に陥らないようにするために、 議論においては主張者側に「立証責任」が存在する。 「立証責任の転嫁」は誤謬の一種なのである。

 この「立証責任の転嫁」が社会的に許されてしまうと、 前述の「世論を支配するプロパガンダ技術」を用いて「誤った主張」が社会的影響で「ファクトイド」とされてしまう危険性がある。 我々が歴史から学び、過ちを繰り返さないためには、研究者、教育者及びマスメディアなどの社会的に責任のある者達はこの立証責任の概念を重視しなくてはならない。 同調圧力をかけるためのネガティブ・キャンペーンに決して屈してはならない。

 そしてこの「立証責任」の概念のない場での議論は、成果を生み出さない。 しかし残念な事に、これが誤謬である事が認識されないまま議論される事が多い。 立証責任を果たさないままで議論を行う方法には様々な手法が使われており、 ここではその主な手法を示す。 このような論法は一般の場においては許されるが、法的な場や交渉の場では許されない。
  1. 議論の入り口には入るが、根拠など示さなくても良いと開き直って立証責任を果たさない論法。 代表的な論法には以下のような方法がある。

  2. 議論の本題に入らせない事によって立証責任を果たさないまま議論する方法。 代表的な論法には以下のような方法がある。

  3. 議論の本題に入って根拠らしき理由は示すが、立証責任を果たしていない論法。 代表的な論法には以下のような方法がある。

  4. あれこれ理由をつけて議論の入り口にも入らず、立証責任を果たさないまま批判する方法。 「無敵の無知論証」とも言う。 藁人形論法で相手の意見を歪め、 その歪めた主張に対し相手の人格を道徳的に批判する。 人格批判のための「ポリコレ棒」として使用されるモラルには、以下のような誤謬が使用される。 ここで示すような現象を見た場合、 前述の「詭弁のプロパガンダ技術」が使用されていないかを疑ってみると良いであろう。 もしそのようなプロパガンダ技術が使用されている場合、 新しい意見を受け入れる「オープンマインド」を失って「認知的不協和」に対する耐性が失われ、 「独断主義」に陥っている可能性を疑ってみよう。 特に「集団思考」に陥って強い「われわれ感情」が現れている場合、 それは単に主張が正しい理由を説明できないだけではあるまい。 その社会には論理的な議論によって暴いてはならない何らかの禁忌が封印されている「パンドラの箱」が存在するはずだ。 社会における「隠された禁忌」の正体とは「隠された真実」かもしれないし、 「正しくないのに事実とされている主張」即ち「ウーズル」かもしれない。 或いはそれは「提案してはならない仮説の存在」かもしれない。 それは仮説ではなく、「従う事が正しいとされている社会規範」なのかもしれないし、 とある仮説を「真実」だと確定した権威が組織的に抱える禁忌なのかもしれない。 いずれにせよマスメディアなどの社会的に責任のある者たちはこのような現象を見た場合、 やがて真実が明らかにされて社会が混乱に陥る日が来る前に、 その隠された禁忌をできるだけ早く社会において明らかにする責任があろう。

 「誤謬」と「詭弁」の論理展開方法は同じで、その違いは「欺く意志」があるかどうかの違いだけである。 故意に誤った論理展開をするのが「詭弁」なのだ。 ここで記された論理展開方法が「誤謬」である事を知ってしまった以上、 これらの論理展開をする事は「知的な不正行為」であり、それはもはや「誤謬」ではなく「詭弁」である事に注意して下さい。

ニュース事例による疑似科学入門〜ニセ科学批判を通した社会科学入門〜(認識論の疑問とは何か)


本ウェブページ内容の複製、引用、リンク、再配布は全て自由です。 共に社会から誤謬を排除しましょう。 今のうちに保存を。 アーカイブはこちらからダウンロードできます